渡り鳥
硫黄島 09:18
海上自衛隊の硫黄島基地には公式には触れられない側面がある。
それは、絶海の孤島で民間人が殆ど居ないという立地を活かし、制限の緩い訓練が可能な点。そして秘密基地として運用できる点だ。
事実、みられたくない開発中の装備のテストは、硫黄島に持ち込んで行われることが多い。
航空自衛隊の2等空尉、浦木輝一はその硫黄島基地の格納庫で割り当てられた機体の前に居た。
焦りに近いものを感じている。
彼は戦闘機パイロットであるにもかかわらず、まだ役割を果たせていないと感じているからだ。
それだけでは無く、未だはっきりとした命令もなく、いつ来るか分からない中国の弾道弾・巡航ミサイル攻撃に怯えているのが現実だ。
航空自衛隊で最高レベルの戦力を預かっているのに、このままでは何もしない内に地上撃破されかない。
現に、本州や沖縄の基地では、そのような事態が発生しているのだ。
無意識のうちに貧乏ゆすりをしていまう。
「落ち着けよ「ラスト」。Pちゃんは、もっとこうドカっと、自信たっぷりにしてくれないと、俺達まで不安になっちまう」
彼の気持ちを察した、機付長の須田一曹が声をかける。「ラスト」が浦木のTACネームだ。
須田が言葉を続ける。
「少なくとも、俺達は弾道弾や巡航ミサイル、ドローンにも狙われてない。ということは、総隊司令部の読みどおり、俺達の動きは中国さんに気付かれていないってことだ。宇宙作戦隊の観測が正しければ、中国さんの衛星が頭の上に来た時には、機体は全部格納されてるか、滞空してるかだ。出発する時はあんなに苦労したしな。その甲斐あって、コイツらは全機無事。中国さんに一泡吹かせてくれよ。ばっちり整備はするからよ。」
そういいつつも、メンテナンスマニュアルから目を離さない。
浦木と須田の機体は、日本に来てから日が浅い。彼等はまだ機体に習熟していないのだ。
「コイツは使い方次第じゃ、この戦況にベストマッチだ。」
まだ若い浦木は、それが須田の気遣いであることがようやくのことで分かった。
神経質な態度で格納庫にパイロットが居座っていては、それだけで整備の人間には負担になる。もっと言えば極端な話、須田の本音は「邪魔だ。外に出ていろ」だ。それを何十にもオブラートに包み、それどころか励ましてくれる。
整備員の領域で自分1人、不安と焦燥を露わにしてベテランの空曹に気を使わせていた。
須田の部下。若手の整備員達は、慣れない機体の整備に苦労しているところに、神経質な立ち振る舞いの2等空尉が鬱陶しそうだ。
そこまで気付いた浦木は恥じ入った。
みんな同じ気持ちなのだ。
「ええ。分かってますよ。任せて下さい。」
須田の気遣いに感謝しつつ、明るい話をしようとする。
「コイツなら、やりかた次第で戦況をひっくり返せますからね!百倍返しですよ!」
そういうと、機体のノーズに歩いていく。
「栗山―っ」
少し離れた所で物品の点検をしていた若手整備員に話かける
「なんです?ラストさん?」
「ここに撃墜マーク書く準備をしておいてくれないかい?センスのいいのを頼むよ」
話しかけられた栗山はニヤリと笑って返す。
「分かりました。で、何を何機です?」
「そうだなー。J15を3機!この近くをウロウロしている中国機動部隊が最初の相手だろうからね」
「分かりました。型紙つくっときまーす!」
内心で、整備員にとってあるべきパイロットを演じられたことにホッとしつつ、浦木はコクピットを見上げる。
さっきまで、やはり中国の偵察衛星がやってくるタイミングを見ながら。上空退避から帰投したばかりの機体。
(大丈夫だ。中国軍は、俺達が新田原で全滅したと思っている。)
F35B
政府がまき起こした導入中止騒ぎにもめげず、5年前に発注された6機が浦木達の目の前にあった。
先月新田原に配備された、文字通りの最新兵器。
航空総隊は編成されたばかりの虎の子中の虎の子、臨時F35B飛行隊に指示を出し、新田原で夜間の離発着を繰り返し、ダミーと置き換えることで、中国の衛星と工作員、無自覚な内通者の目を欺いていた。
その上で、こっそりと硫黄島に移動させていたのだ。
アメリカでの慣熟訓練は終わっているとはいえ、編成された部隊に出す命令としては無茶な部類に入ったろう。
だが、リスクを取ったかいはあった。
中国軍は、目障りな新田原のF35B、その6機全てを新設された格納庫もろとも全機破壊したと判断していたからだ。
新田原から移動したのは、機体とパイロットだけでなく、当座の運用に必要な弾薬と整備員も一緒だ。
その輸送には、被災地支援の激務から駆り出されたC2輸送機1機と、陸自からオスプレイ1機まで差し出されている。
少数精鋭の戦闘機と、整備員、それを輸送する輸送機1機。このパッケージを、ゲリラ的に基地を移動させながら戦闘を継続する。
それは、中国軍のスタンドオフ攻撃下、次々と使用不可能、あるいは復旧を繰り返す滑走路で、いかに戦力を維持するかについての米軍の回答。
「機敏な戦闘運用(ACE)」と呼ばれるものだった。
航空自衛隊は編成されたてほやほやの臨時F35B飛行隊に、ACE運用を適用したのだ。
垂直離着陸と短距離離着陸が可能なF35Bは、ACEの申し子と呼べる。
だが、問題はある。
前述した通り、彼等は編成されてから、間が無いにも程がある。
それに、殆ど彼等だけが、航空自衛隊で作戦可能な部隊であるという、鉛のように重い事実。
主力のF35AとF2部隊は大半がオーストラリアへ退避。F15改は、集中配備した第9航空団が事実上全滅。
残る機体は、空中退避と分散がある程度成功したものの、整備員の大半が災害派遣中のために、一度着陸すると点検の目途すら立たない状態だった。
最低限度のC2と整備員しか同行出来なかった、オーストラリア退避部隊も事情は似たようなものだ。
つまり、航空自衛隊は300機の戦闘機を帳簿上では抱えていながら、災害派遣中の隊員を取り戻すまでは、わずか6機の新編部隊しか戦えない状態だったのだ。
それが分かっていた浦木が神経質になるのも、ある意味当然だったろう。




