特戦 4
怪我といっても教村本人が気付かない程度のかすり傷だけだったから、白神の治療は直ぐに済んだ。
「それ、もう使えません。重たいだけですから、脱ぎましょう」
「え?」
「ボディアーマーです。このタイプは弾を受け止めることが出来るのは一度きりなんです。中のセラミックが割れちゃって、後は使えなくなるんで。こんなに深く破片が刺さってるから、もうお役御免です。準備が役に立ちましたね。あ、これけっこういいヤツですね。脱ぐの手伝いますね」
白神に手伝ってもらいながら、ボディアーマーとヘルメットを受け取る時に、先輩記者から、そういえばそんな説明を受けたなと教村は思う。
ボディアーマーは軽量なセラミックタイプだったとは言え、教村には十分に重たかった。
その呪縛から解き放たれた彼女は、解放感めいたものを味わう。
いつの間にやら白神は影のように動いて、一度降ろしたバッグパックのストラップの長さを調整。ボディアーマーが無くなった教村の体形にぴったりと合わせて、装着を手伝う。
「?・・ひゃああ!?」
まるでバックパックが独りでに動いたかのような感覚に、教村は間抜けな悲鳴を上げたが、その中身のことが気になった。
「そうだ、あれ!壊れてないかしら?」
彼女はせっかく背負ったばかりの荷物を再び地面に降ろし、中身をさっとチェックする。カメラを失ったから、大半の撮影用機材は無用の長物と化した。だが、スマホの予備バッテリーはこうなっては命綱。
連絡にも撮影にもスマホが必要だ。
それに
「これは?衛星通信用端末ですか?」
「ええそうです」
「素晴らしい。この状況では値千金かもしれませんよ?さあ、亡くなった彼等の記録媒体をできるだけ預かったら、この場を離れましょう。」
「ん?彼はまだ生きてるぞ?」
周囲を伺っていた男=石橋「カズ」一等陸曹がそういうと、軽口を言いながら教村のケアをしていた「ゴッド」と呼ばれた男が、彼女の視界から消えた。
「え!?」
実際には、反射的に素早く新たな生存者に取り付いた白神の動きが、あまりにも早過ぎたため、教村の動体視力を振り切って、消えたように見えたのだ。
(この人達・・。本当に人間?)
常人離れした言動の連続に、教村はそのような印象を彼等に持つ。同時に彼女もまた、唯一の生存者に駆け寄る。
辛うじて生き残っていたのは、ホテルのラウンジで呑んだ時にPCを弄りながら、中国軍の動きを教村に解説した若い男だ。
たしか「コーディ」と呼ばれていた。
教村は、ジャーナリスト達が例外無く頭部を撃ち抜かれているのに、彼だけがそうではなかったのが、多少疑問だった。
だが、コーディに駆け寄ってみて、その疑問はある程度解決した。
彼は頭部以外の両手足と、両肺を10発以上撃たれていたのだ。要は嬲り殺しにされている。
意識を失い、首から下を出血で真っ赤に染めていたコーディの惨状は、特殊部隊員ですら死んでいると思い込むほどだった。
コーディに貼り付いた白神は、一挙動でビニール製の手袋をはめると、彼のバックパックを開ける。中には医薬品がぎっしり詰まっていた。その中からハサミを取り出して衣服を切り裂き、受傷箇所を確認していく。
(すごい。特殊部隊の人って、本格的な医療もできるのね)
教村はそう思ったが、実際には精鋭中の精鋭である特殊作戦群の隊員中でも、准看護師と救急救命士の資格を持つ白神は貴重な存在だった。
「何か手伝えることは?」
「大丈夫です。見ていて下さい・・。いや。彼に大きな声で話かけて下さい!」
教村は言われた通りにした。
白神がコーディに生理食塩水の滴下をしたり、胸に空いた銃創を塞ぐチェストシールを貼ったりと懸命に治療する姿を横目に見つつ、教村は話かけた。
意外だった。映画やドラマで出て来る特殊部隊員は、死にかけている人間に対して「どうせ助からない」というようなセリフを吐き捨てる、そんな冷酷なイメージがあったのだ。
だが、実際の特殊部隊員は命を決して粗末にしてはいない。
一方で、目の前の2人は、敵と認めた中国人工作員と思われる4人組を、一片の慈悲も無く射殺してもいる。
同一の人物について、人間性の両極とでも言うべき側面を、ほぼ同時に見て教村は少し戸惑う。彼女の戸惑いがその程度で済んだのは、少なくとも名前をまだ知らない二人が、自分を守ろうとしていることは信じられたからだ。
白神と教村がコーディに向き合う間、石橋は周囲と上空を警戒しながら、始末した中国人の遺体を民家に放り込んで隠蔽する。
これで中国のドローンが再びやってきても、ここで何があったか分からないはずだ。
こうして石橋はコーディを蘇生させるための時間を稼いだのだった。
懸命な治療のかいあって、コーディが目を覚ます。
「・・・・ぐああああ。畜生。痛い痛い!」
「コーディ!良かった!聞こえる?キョウよ?」
「キョウ?」
粗い息で、血の泡を吐きながらではあるが、コーディはまだ会話が出来た。




