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156「その本性、すでに知っている」
「私が光っていたところを見ていた人がいてっ! 沢山いてっ! けどっ! 見ていない人も沢山いてっ! その人たちが、嘘だとか、幻覚だろうとか言ってっ! それでっ! 見ていたみんなが怒って! 本当のことなんだって! そう言って! それで、それで……!」
少女の心のうちにあった思いが言葉となって、口から溢れていく。
「聖女であることを証明しろって言われても、どうすればいいんですかっ! 光れ光れって! どう光ればいいんですか!?」
光るには光る原因がある。
「教会の人たちが言うように、私に信心が足りていないから光らないんでしょうか? 正しい祈りの作法とか、私は知らないのっ!」
ただの人が祈るだけで体が光る原因など、正しい祈りの作法どうこうではなく、ただ気まぐれにそれを為した者がいるからだ。
心の底から溢れる言葉。その真摯な思いは伝わる。伝わるは伝わるが、リュミエラよ、その言葉の数々、かける相手が違っているぞ。
それを為した者。黒猫。そいつは今、少女の腕に抱かれて、笑いながらお前を見ている。
「彼女って、真面目なとこでは真面目よねえ。どうせ本当のことなんて人にはわからないのだから、適当に必要な時しか光らないんです、とか、今充電中ですから、とか言っておけばいいのに」
「…………」
貴様の責任だぞという意思のこもった俺の視線を受けて、返される言葉がこれだ。なんだ充電中とは。
どのような状況にあっても適当にやっていける力を持つお前と違って、限られた力しか持たない今の世を生きる者たちは必死なのだ、いろいろと。
「私が光れば! 祈って光れば! それで争いは収まるのに! 争いは無くなるのに! ああ騎士様! 私の騎士様! 祈って光る方法を教えてくださいませ! 光の祈りの正しい作法を!」
黒猫に言え。
奴ならば、興が乗ったとでも言い放ち、適当に祈れば適当に光るような力を貴様に与えるやもしれん。
――あいつに死後の望みを叶えたように。
――死した俺に骨の身体を与えたように。
「天使よっ!」
さてリュミエラにどういう返しをすればよいのかと固まっている俺に、違う方向から、また違った感情での力強い言葉が俺に浴びせられる。それは、柱に縛られた者から発せられる。
「どうして! どうして! 神の代理人たるローマ教皇の元に現れてはくださらないのか!?」
どうして? だと?
俺の眉根が跳ねたように、黒猫の眉も跳ねたかもしれない。
なんだ。その疑問は。
神の代理人。ローマ教皇。
その権力は時に王をも凌ぐ。
その権力の源泉は、自らこそは神に最も近い者であり、神の言葉を伝える者であり、人の世の神の代理人であるということ。
それが、天使なんぞという者が現れて、己らとは関係のない場所で好き勝手にしているなら、さぞや心中穏やかではあるまい。
で、あっても。
「知らん。用事もない」
にべもなく答える俺に追随するように、人の言葉をしゃべる猫が続ける。
「そうねえ。用事ないねえ」
人の言葉をしゃべる黒猫の口元を、あらゆる欺瞞を見抜いてやらんとばかりに凝視する柱の男。どれだけ見ても腹話術ではない。
神の権威に最も近い者たちこそが、神の権威を最も欲するものであるのかもしれない。自分たちの正当性を保つためには、よそに転がる神の権威などはゆるせないがゆえ。おお、真理の断片に触れたような気がするぞ。
「用事はある! ローマにおわす神の代理人とお会いになってくれ! 教皇であればいかなる戦争も止められる! いかなる争いも鎮められる! そのためにも! 教皇の元に天使がおられないと!」
「知らない」
冷淡というわけでもなく、かといって無関心というわけでもなく。
「あらゆる争いを鎮められる? それは御大層な力をお持ちねえ。私には無理だわあ。私は、その方法を知らない」
人が境界を生み出す限り人の世から争いは消えない、そう断言した黒猫がいっそ楽し気に柱の男に聞く。
「そんな方法があるなら、私が知りたい。うん。そうねえ。それを聞きに行くのには、価値があるかも」
「それは……」
この世の人の争いのすべてを鎮める方法なんぞ、この世から人を一人残らず消してしまう以外にはないのではないか。
「か、神は、そ、そなたは、争いを望まぬのではないのか?」
「それも知らない」
知らないことは知らない。全知全能の神はここにはいない。
「争いを望まない? いいえ? どうでもいい」
黒猫は無関心に。
「正確には、争ってもいい、だし、争わなくてもいい」
次は冷淡に。
「どうでもよくはないけど、どうなってもいい。世界に少しだけ変数を与え、揺らし、差異を観察する」
最後は邪悪に。
「それが私の目的であり、楽しみだもの」
笑う。口の端をゆがめて。
知の怪物。
虚構と実在、相反するものを重ねて世界のすべてを意味する名を与えられた存在。
黒猫の身体を借りた、善も悪も内包する存在が、楽し気に笑う。
「黒猫、貴様の邪悪な所が出ているぞ」
「おっと」
柱の男だけでなく、俺たちを見つめる他の者たちすべてが絶句するような笑顔を見せた黒猫が牙をひっこめる。
これが黒猫というものの存在。本性。知っていた。
黒猫が何度も口にしていた、自分はもう目的を達したという言葉を嫌でも思い出す。
あの男の望みを叶えた。
俺を生き返らせた。
骨の身体を持たせて。
それだけで世界は大いに揺れ、大いに変化をするのだろう。世界に変数を与える、とか。なんということだ。俺という存在は世界を大いに揺らすために生み出されたのだ。
まるで混沌より生み出されし混沌の申し子。当たっていたぞ、リッシュモン。
なかなか劇が始まらない…次こそは…




