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貧乏男爵家の次女に転生した私は魔法の天才と一族から期待を寄せられていますが、その才能は、いつになったら開花するのでしょうか? ~略称(貧そい)~  作者: アカホシマルオ
アリソン九歳編

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開花その118 龍震 前編

 


 プリスカとセルカの声に呼ばれて、私はもう日が高く昇っている中庭に出て空を見上げる。

 昨夜の酒で霞のかかる私の脳裏に、瞬時にあの悪夢のような赤黒い彫像の群れが蘇った。


 屋敷の中庭に面して拡大したテラスに出た我々は、黙って空の一点を見上げている。

 忘れるはずのない、あの色だった。


「こ、これはっ!」

「まさか、ここまで追って来た?」

 プリセルの二人が一斉に振り返り、縋りつくような目で私を見る。


「昨夜突然現れて、以来あの位置から動かないとのことです。王都では今、あれを凶星と呼んでいます」

 背後からコマが落ち着いた声で言った。


「姫様っ!」

「あの色ですよ」

 動揺する二人の声に、コマも気付いたようだ。

「まさか、あれが姫様のおっしゃっていたあやかしですか?」



 ちょっと待て。昨夜からだと?

 そんな気配はまるで感じなかったぞ。あ、飲みすぎたのか。


 私は黙って目を閉じ、その凶星の方角に集中する。

「ああ。あの気配だ」

 僅かであるが、歪んだ空間の先へ強引に押し返した、あの妖気と同じものを感じる。南の大陸では赤い宮殿の内部が異空間と化していたのだが、それを剥き出しにして遠くから見ると、こうなるのだろうか。


 どちらにしても、魔力とは違う非常に微弱な反応であった。

「あれは、星などではない。あれこそが南の大陸を滅ぼした妖そのものだと思う」

 こんな昼間になっても動かず同じ位置に留まり輝く星など、ある筈がない。あれは何らかの方法で、この空のどこかに静止しているのだ。



 目的は一つしか考えられない。私が南の大陸から追い出した妖が、今度はこの大陸への侵攻を始めようとしている。それにしても、何故今までの長い時間、こちらへ来ることがなかったのか?


 私は赤い宮殿の内部で感じた彫像の記憶を、必死で思い出している。

 あれが南の大陸にやって来た当初は、どうだったのか。


 最初の彫像は、凶兆が人家の少ない大陸中央部に現れ、密かに周囲の土地を枯らしながら拡大していく記憶を見せてくれた。

 では、あの凶星はこの大陸のどこから侵略を始めようとしているのか。


「もしかすると連中は、こちら側へ一つの門しか開けないのかもしれないな」

 だとすれば、私があちらのゲートを閉じてしまったがために、奴らはこちらに来られたのかもしれない。


 それでは奴らが千年間待ちに待っていた、ナイスアシストを私がやってしまったような気もする。おいおい、勘弁してくれ。



「何とか、このまま穏便にお帰りいただくことはできないかなぁ」

 内心の動揺を悟られぬよう、私は空を見上げたまま間抜けな声を上げた。

 このままではアシストどころではない。完全なオウンゴールになる。


(ほら、いつか忠告したように、姫様の好奇心がこの大陸を滅ぼそうとしていますよ)

 さすがに私にだけ聞こえるように、ルアンナが言う。

(あれ、ルアンナからそんな忠告を受けたかなぁ?)

(懲りない人ですね)


 でもホント、記憶にない。というより、いつも面白がってもっとやれ、と言われていたような気がする。違うのか?



 とにかく最初の地上侵攻直後にはまだ妖の力が弱く、土地や生命の力を吸い取りながら強力化した印象がある。それならば、こっちにも勝機がないわけではないぞ。


「対抗するなら、あの妖が地上に達する最初の地点で迎撃するのがいいだろうなぁ」

 私は相変わらず空を見上げたまま、気のない声で言ってみた。


「それは、どこなのですか?」

「姫様、どこに侵攻するのです?」

 プリスカとセルカが、矢継ぎ早に質問するけどね、私に聞かれても困るよ。

「さぁ、どこでしょう?」

 そんなのさっぱりわからん。


「そんなぁ」

「あの凶星の真下なのでは?」

 どうやら本気で動揺しているのは、実際に妖に遭遇した私たち三人だけのようである。



 王都から見上げると、凶星は南西の高い位置にある。しかしそこからどう降りてくるのか、それともあれは本体ではなく、単なるイメージの投影だけなのか。


 たまたま薄いひび割れのようなところに小さな穴が開き、漏れているだけ、みたいなこともあるのか?


「仕方がない。ちょっと見に行くかぁ」

 そう言ったとたんに、二人が私に背を向ける。

「あれ、じゃぁ今日はコマの番か」

 おいこら、目を逸らすな。


 コマとの付き合いはまだ短いし、ほぼ屋敷の中で仕事をしているだけだった。

「もしかして、楽しい遊覧飛行体験をしていなかった?」

 今、この中庭にいるのは、他にエルフの冒険者ネリンだけだ。



 ネリンは屋敷の改築時から続く作業の管理や敷地内の護衛のためにここで寝泊まりしている形なので、そこから離れた業務については商会や私個人との主従関係を含めて、特にない。

 だから、こういう面倒ごとにネリンを巻き込むのはちょっと違う。


(本当ですか?)

 ルアンナは私の詭弁を見抜いているか。

(いや、ただコマの反応が面白いので、逃がしたくないだけ)

(だろうと思いました)


「よし決まった。ちょっとコマを空の旅にご招待!」

「えええ、私ですか?」

 沈着冷静で色黒イケメンのダークエルフの顔が青ざめるのは、中々の見ものだ。

「大丈夫、そんなに危ない目には遭わないようにするから。たぶん」

「お願いします。ぜひ」



 私はコマを連れてオーちゃんに作ってもらったそこだけドアの一つを使い、王都近郊の森の地下にある隠れ家まで行った。

 そこから先は狭い地下道を抜けて、森の中に隠した穴から地上へ出る。この抜け道は後付けで、迷宮化しないよう定期的にウマシカに巡回させている。


 いつか私にもそこだけドアの設置ができるようになれば、こんな抜け道は不要になるのだけれど。あれ、コマには作れないのかな?

 まぁいいか。今はそれどころではない。


「姫様。どうしてそんなに楽しそうなのですか?」

 緊張気味のコマが、薄暗い森の中で立ちすくんでいる。

「いやぁ、今度ばかりは私にも無理かもしれないなぁって思うと、責任感で押し潰されそうなんだよ」


「嘘だ。絶対にこの状況を楽しんでますよね」

 ある意味、それは正しい。

「いやぁ、私が楽しんでいるこの状況というのは、コマがビビっている今の事だよ」

「そんなの、楽しまないでください」

 私はただ、全力で現実逃避しているだけなのだけれど。



「でも本当は、姫様には確たる勝算があるのですよね」

「いや、ないよ」

「……」

 コマには、もう一歩踏み込む勇気と精神力を鍛えてほしいものだ。もしも運よく、我らに今後が残されていればね。


 世界に未曽有の危機が訪れている今、この危機を理解しているのはいったい何人いるのだろうか。

 やはり、私たち三人だけ?

 あ、コマとネリンも結構やばいと思っているよね。



 あの凶星を見ているはずのクラウド殿下やその他デンデンムシで私に連絡が取れる人たち。

 誰からも連絡がないんだよね。私の南の島での体験談とあの凶星を、まだ結びつけて考えていないのかな?


「まぁとにかく偵察だから、気楽に行こう」

 やっぱり床がないと、不安だよね。メタルゲート号で行くか。

 私は収納から出した船を、地上に置いた。


「さあ、乗って」

「何ですか、これは」

 確かに、黒い台に乗った汚い小屋にしか見えない。いきなり乗れと言われてもなぁ。

「これから偵察に行く。空飛ぶ船だよ」

「船?」

 コマは絶望に震える足で、処刑場への階段を上る。いや,梯子だけど。



 こんな物を魔法で空に飛ばそうとか、まぁ普通は狂気の所業だよね。でも本当に、こんな物が飛んでしまうんだよなぁ。

「ひっ」

 一瞬コマの口から悲鳴が漏れたが、よく耐えている。


 ルアンナの結界と私の認識阻害魔法に包まれた船は、一路南西の空に向けて上昇する。


「姫様、私がご一緒する意味が、どこにあるのですか?」

「うーん。今後のためにも慣れておいてもらわないとね」

「こ、今後ですか」

「そう。例え今日が、世界の終わりになる可能性が非常に高い一日だとしてもね」

 あ、また余計なことを言ったか。


「これが、冥土の土産というやつですか……」

 おお、こいつ日本人か?



 天気は良いので、甲板のボロ小屋に腰を下ろす。

 ルアンナの結界に守られ、私の認識阻害魔法に包まれて、ゆっくりと船は空を行く。

「コマ、腹が減らないか?」

 朝からの騒ぎで、私は朝食も食べていなかった。


「よくもこんな時に食欲がありますね」

 呆れるコマの額には、脂汗が浮いている。


「ほら、人生の最後に何を食べたいとかって、誰かと話したことない?」

「そ、それは、今この場で話さねばいけないことですか?」

「というか、人生でこれほどこの話題が適切な時って、中々無いと思うんだけど」

 さあ、どうだ。


「……」

 コマの無言の圧力を感じる。あれ、怒ったかな。



「ごめん。ほら、これを飲んで。気持ちが落ち着くよ」

 私はとっておきのアイスココアのグラスを二つ、テーブル代わりに使っている大きな水樽の上に置いた。


 これは王都のレストラン、フィックスと続けている共同開発の一つの成果だ。少し落ち着いてくれると嬉しい。

 仕方なく私もくつろいでいる風を装いながら、赤い凶星に意識を集中する。あれがどれだけの高度にあるか知らんが、きっとかなりの大きさに違いない。


 特に接近して来るようには感じないので、どこかに静止しているのだろう。

 それなら、こちらから接近するまで。



 あれから私も、妖の正体について考えてみた。

 時空の歪みに押し返した妖の本体と、あの広大な赤い湖の関係。そして大陸の多くを覆っていた荒野と、大陸を取り囲む海域の魔物たち。


 それを通して、妖が長い年月こちらの大陸に来なかった理由、そして今になってやって来た理由を推測する。


 やはり、あの赤い湖が妖にとって必要な物だったのだろう。それを守るため、あるいはその結果として、周囲の荒野と魔物の海が生まれた。

 最初から海を狙わなかったのは、何か理由があるのだろう。海水の成分なのか、海の深さなどの地形的な制約なのか。


 こちらへ侵攻する余力があるのなら、どうして私たちが去った後、再び南の大陸に門を開かなかったのだろう。

 千年前にこちらの大陸ではなく南の大陸に侵攻したのにも、偶然ではない理由があったのだろうか。



 私は大陸の広範囲を上空から探査して、もう一つの異変に気付いた。

「これは、ヤバいぞ」


「どうしました、姫様」

 ココアを飲んで少し落ち着いたのか、コマがいつもの冷静な声で尋ねた。


「北の山脈に眠る龍が、ざわついている」

「ええっ、龍ですか?」

 そう。ドワーフの鉱山よりも北方、万年雪の山脈に、何体かの竜が眠っている。それが今、一斉にざわつき始めている。


「あれは、絶対に起こしてはいけないような気がするんだよねぇ」

 龍が目覚めれば、とんでもないことになる。人知を超えた最終戦争を、人類が生き残れるのか、私には自信がない。


「伝説上も、そう言われていますね」

「うん。これは一段と、まずいことになった……」



 後編へ続く



 


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