開花その117 凶星 後編
久しぶりに王都の屋敷へ戻り、黒猫ドゥンクとの再会を喜び、留守番をしていたコマやエイキン親方及びウマシカからの、長い長い報告を聞いた。
留守中には特に際立って良いことも悪いこともなく、比較的順調な商会経営であった。懸念していた再生紙事業や子ども食堂も、問題なく継続中であるようだ。
私の目前に積み上げられた喫緊の課題を片付け、関係者が一通り揃ってから私たちの報告を聞くということになり、半年の間に溜まっていた最重要案件を始末するのにおよそ一昼夜かかった。
ネリンが冒険者の仕事から戻り屋敷のスタッフが揃い、やっと私たち三人の経験した、この夏の冒険が皆の前で語られた。
言えなかったのは、パーセルの街のエルフコミュニティの話と、私が勢いで造ってしまった偽造エチケットメダルの一件くらいか。
めでたくプリセルの二人が魔物化した件は、大いに場を沸かせた。
「えっ、お二方も姫様の使い魔にならはったんですか?」
仕方なく地下牢から出したパンダも、末席に加えている。どうせ、勝手に何度も脱出して悪さをしていたようだし。
「悪さなんて何もしてませんよ」
パンダは、真面目そうな低い声で返す。
「時折食糧庫が荒らされていたが、犯人は不思議と捕まっていないらしい」
「それは困りましたなぁ」
「自首するなら今のうちだぞ」
「それ、誰に言うてます?」
「プリスカ、こいつの首で再生の実験をしてもいいぞ」
「承知」
「堪忍してぇな。ワイがやってもうてん。もう二度とせえへんさかい!」
今までにないコテコテの切迫感である。やはり首を飛ばされると、再生しないのかなぁ。
まぁでも、今後は人外同士で仲良くやってほしい。
翌日は学園長であるオーちゃんの隠れ家へ行く。当然、秘書のファイもいる。面倒なので、王国警備部門を牛耳るステフも呼んだ。
「いやいや、こちらからお屋敷へ伺いましたのに」
ステフが残念そうな顔をしている。
「どうせ酒と食い物が目当てだろ」
ステフは黙ってにっこりと笑い、軽く首を傾げる。こいつの腹の中が真っ黒なのを知らない男なら、コロッといってしまうだろう。吸引力の高い笑顔だ。
「コマから、また南の海に出かけたと聞いています」
この春から私の秘書となったコマは、オーちゃんの紹介でうちに来たのだ。
背格好がよく似ている三人のエルフに、私は包み隠さず全てを話した。
なんやかんやで頼りになるし、こいつらを信頼しているんだよなぁ。ステフについては怪しい行動も多いが、最近では思ったよりも性根の真直ぐな女であったと気付かされている。
いつものようにファイが淹れてくれた紅茶を飲みながら、一通り話した。
「まさか大陸全土が荒野と化していたとは」
「よくご無事で帰ってこられましたね」
学園長とファイには、実感が沸かないのだろう。
「姫様。その怪異について、もう少し詳しく教えていただけませんか?」
王国の平和を守っている(つもりの)ステフにとっては、看過できない話であろうが、実際どう話せばよいのだろうか。私にもその実体が、よくわからないのだ。
「エルフのそこだけドアで繋げた場所がとんでもなく遥か遠い場所であるとか、例えば魔法の巾着袋のような別の空間内に住む生き物がいて、それがこちら側へ干渉していたとか、そんな感じかなぁ」
宇宙とか並行世界とか異空間とかの概念を説明するのは、魔法やスキルの存在するこの世界でも結構難しい。そもそも、私自身が理解できていないし。
「しかし千年以上もの間、よくこちらの大陸は無事でしたな」
オーちゃんの感想には、私も激しく同意だ。
「うん。海に隔てられていたとか、魔物が守っていたとかいろいろあるんだろうけど、それでも不思議でしかないよ」
「偶然ではない確たる理由があるのでしょうが、それがはっきりしないと、この先もずっと不安ですよね」
ステフとしては、一番の問題はそこであろう。そもそも、これでは王宮へ報告できないよね。
「そうなんだよ。この件は、ステフから王宮へ伝えてくれる?」
「いやいや、それは姫様の方が適任かと」
やはりそうなるか。
「じゃ、明日にでも第三王子に会ってみるよ」
「それがよろしいかと。あと、第三王子ではなくクラウド殿下とお呼びください」
「わかったよ。でも変な小細工は止めろよ」
「もちろんです。殿下は明日の午後も、いつもの研究室にいるはずです」
「はいはい」
今年も私はエルフの里へ行って来たばかりなのだが、こうして里を離れて暮らすエルフに囲まれていると、その性質の違いを強く感じる。
良くも悪くも、ドワーフやエルフが山奥に暮らす理由というものを考えてしまうのだ。
人間の場合、例えば五年とか十年とかの区切りで未来を見ている。しかしエルフやドワーフの場合は、その桁が一つ多い。
ここで注目するのはその長寿ではなく、肉体の儚さである。これに関しては、基本的に長命な種族も短命な種族も、似たようなものなのだ。
いかに長寿であろうとも、病や怪我で命を失うリスクは人と変わらない。だがそれは人類全般に共通で、様々な魔法や魔法薬、魔道具類によって不慮の死を遂げる者が少なく、人や獣人も比較的安全に暮らすことができる世界なのだ。
それなのに、だ。人はやたらと人同士で競い、欺き、争い、いとも簡単にその命を散らしてきた。
つまり人に混じってこの国で生きるエルフやドワーフは、今もそのリスクと正面から向き合いつつ暮らしているのだ。
私の目からもエルフやドワーフの社会が非常に穏やかに見えるのには、そうした理由がある。
「私もこれから時々南の大陸へ様子を見に行こうと思うのだけど、気候が安定すれば意外と早い時期に人間があそこへ行く可能性があると思うんだ」
今回の旅でスーちゃんとの絆が強くなり、離れていても連絡が取りやすくなっている。スーちゃんの背なら多くの客が乗れるので、もし希望者がいれば、比較的安全に連れて行ける。
「荒野となった大陸に生命を取り戻すのなら、エルフが適任でしょう。しかし、志願するエルフは少ないでしょうね」
オーちゃんはお手上げとばかりに、両手を開く。
「そうですね。里を出て暮らすエルフは、既に人の世界で自分の地位を築いています。それを捨ててまで未知の大陸へ挑もうとするような者は少ないでしょう」
ファイが補足する。
「そういうことに挑むのは、命より好奇心を選ぶ愚かな人族だけですよ」
ステフが断言するが、その愚かな人族を陰で支えるエルフが、この三人なのだ。
「じゃ、そんな話も殿下としてみるよ」
王国がどのタイミングで調査団を組織するかなぁ?
まぁ、海の冒険者と私が護衛をすれば、何とかなるかぁ……
翌日の午後、久しぶりに学園の錬金術研究会へ潜入した。厳重な護衛の目を欺き、普段クラウド王子が休憩室として利用している部屋に忍び込む。
やがて、部屋に殿下が入って来た。もしかすると、ステフから何か聞いているのかもしれない。
「殿下、ご無沙汰しております」
私は、殿下の向かいに姿を現した。
「誰だ、君は?」
あ、そうか。今の私は冒険者にしてエアリアル商会の代理人、アイリスだった。
「エアリアル商会の代理人であり、冒険者のアイリスです」
「ああ、そうか。あの呪いの館の主だね。どちらにしろ、こんなことができるのは君しかいないか。しかし、アリスには一体いくつの顔があるんだ?」
「それは秘密です」
まぁ、それで全部なんですけどね。昨年はアリソン・ウッドゲートの素顔を晒してしまったのだが、今年はなんか気恥ずかしい。私ももう九歳なので、そろそろそういうお年頃なのだ。
「ステファニーから何か聞いていますか?」
「いや、何も」
「そうですか。実は昨夜彼女と会ったのですが、直接殿下に報告すべきだと言われましたので」
「それは嬉しいね」
実際、殿下はずっと笑顔だ。
「実は今年も南の海へ行って参りました」
「ほう」
「今年は遂に、幻の南の大陸に上陸を果たしました」
「素晴らしい」
殿下が身を乗り出すので、私は少し下がる。
「南の海に異変が起きていることは、聞いているよ。もしかして、それも君に関係がある?」
「はい。そう言っていただけると、話が早くて助かります」
そうして私は南の海で起きた一連の出来事を、順に話した。
「なるほど。君の言うことなら、これは信じざるを得ないな」
あっさりと、殿下はそう言った。本当にいいのか?
「既にエルフやドワーフにも伝えましたが、差し迫った危険がないのなら、当分は静観する模様です」
今のところ、エルフやドワーフは海に進出する気がなさそうだ。そうなると、彼らの時間単位での静観という、ほぼ放置という意味になる。
「そうか。しかしこの短期間で明らかに海の魔物の動きが収まりつつあることを考えれば、大陸を目指す前に、すぐにでも沿岸航路の整備や漁業振興の拡大を考える必要がありそうだね」
さすがにクラウド王子は理解が早い。
「南海岸に領地を持つ貴族を集め、対応を考えるとしよう。それに、昨年から海軍の整備に着手しているので、こちらも急がねば」
「私はパーセルに拠点を置く傭兵団、海の冒険者の団長に詳細を話して海図も共有しています。彼らを上手く活用するのが早道かと思います」
「わかった。君にも何か頼みたいことがあれば、デンデンムシで連絡をしてもいいかな」
「はい。仕事の話であれば、いつでもお待ちしています」
「君は当分王都にいるつもり?」
「さぁ。それはわかりませんね」
殿下は少し寂しそうに目を伏せたが、そんなことを気にしてはいられないのだ。まぁ、兄上やエイミーの名を出して無理に気を引こうなどとしないのが、彼の良いところである。
これで一段落かな。私は幾分軽くなった足取りで、学園を離れる。
私は南の大陸で失われた食材や様々な道具類を補充するために、市場を訪れた。
収穫期の市場は賑わっていて、人混みに紛れて大量の物資を購入していく。そして魔道具の出店を物色していて、ふと思い出した。
魔術師協会へ行っていなかった。昨年は貴重なだけで役立たずの魔書を見せて戴いたし、一言くらい挨拶しておかねばなぁ。
思い立ったら吉日、である。いや、忘れていてごめんなさい、でもある。
慌てて王都の魔術師協会を訪ねて、ケーヒル伯爵に面会した。
「突然の訪問なのに、会えてよかった」
「姫様は、いつも突然ですからな」
そこで私は遮音結界を強めて、伯爵に南の大陸発見とその状況を簡単に説明した。
「今後王宮は海洋資源の開発に積極的に乗り出すでしょう。新たな魔物素材の発見や、新たな魔法が求められる時代となります」
魔術師協会にとっても、躍進の機会である。頑張ってほしい。
「あと、もうすぐフランシスの子が生まれます。どうか協会の独身男性には、安心して業務に励むようお伝えください」
その夜、肩の荷を少し降ろした私は屋敷に帰り、夜遅くまで仲間と飲んで騒いで、翌朝起きると王都が大騒ぎになっていることを知らされた。
昨夜突然天空の一角に現れた赤い星が、夜が明けても消えずそのまま空に居続けている。古い伝説によると、これは明らかな凶兆であるらしい。
誰でもそう思うような、禍々しく赤黒い星が澄んだ秋空に浮かんでいた。
終




