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貧乏男爵家の次女に転生した私は魔法の天才と一族から期待を寄せられていますが、その才能は、いつになったら開花するのでしょうか? ~略称(貧そい)~  作者: アカホシマルオ
アリソン九歳編

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開花その114 赤い疑惑

 


「赤い湖だと?」

「波が全くありませんね。海ではないようです」

「こんなに大きな湖なら、波くらいあるだろうよ。おかしいと思わないのか?」


 私は師匠とプリスカと三人でエルフの里を目指した際に、大陸南西部の高原で見た巨大な塩の湖を思い出している。琵琶湖よりも大きな湖で、似たような赤い色の水が、海のように白波を立てていた。


 どうしてこんなに水の色が赤いのか?

 以前に見た塩湖は、水の中にいる小さな生き物のせいで赤く見えると聞いた。プランクトンの大量繁殖とかが引き起こしている現象だ。だとすればこれが、この大陸で出会う最初の生命になるだろう。期待してしまう。


 でも、私は微生物の存在に何を期待しているのだ?

 ひょっとするとこれは生き物ではなく、水に鉄分とかの成分が溶け込んでいるだけなのかもしれない。そう考えると確かに、薄い赤錆色にも見えるなぁ。


 そして水が赤く見えるもう一つの理由は、恐らく水面が空の色を映していないからだろう。

 風のない鏡のような水面に、不思議と空の濃い青色が少しも映りこんで見えないのだった。


 本来ならばこの静かな水面には、青黒い空が映っていなければおかしい。それが、まるで見えないのは不自然だ。それどころかこの水面はどこかの温泉の濁り湯か、入浴剤を混ぜた浴槽のお湯のようなやや白濁した赤い水が沖までずっと続いているらしい。



 この日差しなので、きっと水温も高いのだろう。温泉気分で湯に浸かれるかもしれないぞ。


 とはいえどんな毒水なのかも不明なこの湖水に手を突っ込んだり、ましてや味見をしようなどという無謀な考えは持てない。

 慎重に小石でも投げ込んで様子を見ようかと思案していたのだが。


「いやぁ、姫様。ほんのり冷たくて気持ちの良い水ですよ」

 既に湖水に首まで浸かっている馬鹿な剣士がいた。

「では私も」

 そう言ってセルカも服のまま水に飛び込んだ。こいつら、マジで死にたいのか?



「おい、お前ら大丈夫なのか?」

 驚き慌てながらも、私はつい一歩引いてしまう。ついでに広域清浄魔法を発動してみた。が、特に変化はない。


「おい、間違ってもその変な色の水を飲むなよっ!」

 私が叫ぶが、もはやそんな問題ではない。


 二人は頭から水をかぶって子供のようにはしゃいでいる。

 すぐに死ぬようなことは無さそうだが、命知らずにもほどがある。


「こんな怪しい水の中にいきなり飛び込むとか、無謀すぎるだろ」

「ははは、姫様に言われたくありませんよぅ」

 セルカが無邪気に笑っている。この水には、何か精神をおかしくする作用があるのかもしれないぞ。怖い。


「姫様もどうですか。水ですよ、水」

「いや、気味の悪い色のお湯にしか見えないが……」


「意外と冷んやりしていて、気持ちがいいんですよ」

「思ったより深い湖なのかも知れないな」


「でも足は着くので、遠浅の湖のようです」

「おい、無理して沖へ行くなよ」


「いやぁ、変な生き物の気配もないし、大丈夫ですよぅ」

「急に深くなったりもしないようですね」



 意外と冷静な二人の声に、つい引き込まれてしまう。それくらいには、私も水が恋しい。

 しかし、どんなメンタルでこの不気味な水に入れるのだ?

 私には無理だよぅ。


「もういいから、早く上がれ」

「ええー、もう少しだけ」

「姫様は心配性ですねぇ」

「違う。お前らが異常だ」


「だってお水ですよ、へへへ」

 またセルカが笑っている。実は海辺で育ったセルカの精神の方が、砂漠の中で追い込まれていたのかもしれない。



「意外と色も薄いし、特に変な臭いも味もしませんが?」

「だから飲むなと言っただろ!」


「飲む気が無くても、口の中には入ってしまいますよぅ」

 二人をこのまま隔離すべきだろうか?


 しかし私の強力清浄魔法により、二人の周囲の水は途中から無毒化されている筈だ。もちろんその体内も。


 意外と何でもない水だったのか?

 でもその結論に飛びつくにはまだ早いよねぇ。困った。



「とにかく、一度戻れ!」

 二人は渋々戻って来た。


「こら、濡れた体で私に近寄るなよ」

「へへぇ」

「うへぇ」


 二人は変な笑いを浮かべてゾンビのように、私に向かう足を止めない。

「来るなって!」


 私は身の危険を感じて空中へ飛び上がって逃げたのだが、例の飛行制限高度で失速し墜落した。無様に砂の上に落ちて転がったところを無駄に身体能力の高い二人に捕まり、馬鹿力で湖の中へと放り込まれた。


 頭から湖水に落ちると、もうどうにでもなれという投げやりな気分になってしまう。

 水の中は、意外にも気持ちが良かった。


 まあこれはこれで、仕方がないか。でもこれで何か異変が起きたら、恨むぞ。


 この湖水には恐れていたような向精神薬的効果も無いようで、私の不安は相変わらず拭えない。でも強力な日射の下では冷たすぎず熱すぎない絶妙な水加減の湖水の中は実に爽快で、思った以上に気分が良いのだった。



 気付けば、馬鹿力の二人も私の隣に浮いている。

「波もないし、新しい船を造って沖へ進んでみようか」

「いいですけど、揺れないように、ゆっくり行きましょうね」

「はい。先生が良いのなら、それで行きましょう」

「仕方がないなぁ」



 メタルゲート号は洞窟へ置いて来たので、別の船が必要だ。ただ様子見としては、小舟が一艘あればいいだろう。


 ということで、適当に魔法で造った船を湖の浅瀬に浮かべて、恐る恐る沖に出てみた。相変わらず太陽を背にして、南と思われる方角へ進む。


 様子見と言いながらも、気付けばすっかり陸の姿は視界から消え、海に出たのかと思うほどに水平線以外は何も見えない。しかしここが海ではない証拠に、気味の悪い薄赤い湖水は少しも塩辛くないのだった。


 これは、大陸中の淡水を一か所に集めたかのような巨大さである。いやひょっとすると、本当にそうなのかもしれないぞ。


 だとすると、この大陸の中心がこの湖なのか。というかそもそも私たちは今、本当に南の大陸にいるのだろうか?


 どこかの異国か異空間へと閉じ込められているのだとすれば、地理的な繋がりは無意味だろう。本当のところは分からぬが、とにかく手懸りを求めて移動する事しかできない。



 えいやっと魔法で捻りだした小舟はゴムボートに似た形の軽量謎金属製で、日除けの屋根を後から乗せたら重心が高くなって、やや不安定だ。


 それでも波が無いので、どうにかプリスカが耐えられる程度の揺れで進む。速度は非常に遅い。でもこの状況下で急ぐ意味が見出せない。そんな気がする。


 そうやって何日か十何日か何十日か、進む。暇だ。何の変化もない。

 さすがに、このまま天に召されそうな気がしてきた。



 そしてついに、その時がやって来る。

「ん、あれは何だ?」

 前方に何か赤い点が見える。


 視覚増強で凝視すると、それが前世に見た絵本の竜宮城のような、中国建築風の赤い御殿に見える。屋根も壁も、赤い。いよいよ怪しい。

 まさか、湯屋じゃないよな。



 突然現れた久方ぶりの変化に、私たちは興奮を隠せない。

 海上で魔物に囲まれて常に攻撃を受けながら進むのは嫌だったけれど、何もないのもまた困る。


 緊張感が高まる中接近すると、建物の細部がはっきり見えて来た。

 湖上に浮かぶような赤い建物は、朱色の壁と柱の上に微妙な曲線を描く赤瓦の屋根が乗っていて、この世界では見たことのない異彩を放っている。


 一言で言えば確かに、竜宮城と呼びたい姿である。

 ただこの竜宮城は海底ではなく湖上に浮いているように見える。


 その下に陸地があるのかは分からない。

 ただ湖上に建物だけが見えて、空の色と同じく水面にその姿は映っていない。


 次第に奥行きを感じる程度に近寄ると、宮殿は赤い城壁に囲まれ、私たちの正面には大きな門が口を開いているのが見えた。


「あそこへ入るしかないのか」

 私はあまり気が乗らないが、舟はゆっくり進む。


「でも明らかに、誘われていますよね」

「あまり歓迎されているようには見えませんけど」

 プリセルも似たような意見だ。


 でも、ここまで来たら行く以外の選択肢はない

 私はゆっくりと、小舟を赤い門の方向へ進めた



 門は反り返る瓦屋根の巨大建造物で、地面はなく水の上を船で城内へと進む。

 内部にはさらに大きな宮殿が中央に一棟建つだけで、他には何もなく人の姿も見えなかった。

 あまりに巨大な中国の故宮などに比べればごく小さな宮殿なのだろうが、新築の華やかさは無いが目立った傷や汚れもなく、荒廃した感じは少しも受けない。どう見ても、丁寧に手入れをされながら今も使われている建物のようだ。


 誰も出迎えてくれる者のいないまま波一つない水面を滑るように、小舟は一直線に中央の宮殿へと向かう。


「姫様、門の中は涼しいですよ」

「んん? 確かにそうだね」

 セルカに言われるまで気付かなかったが、門の中ではあの強烈な日差しが和らいでいた。それだけで何か神聖な場所のような気もしてくる。



 宮殿前の石段に舟を着けて上陸したが、船を舫うための杭が無い。村の水汲み場や沐浴場のような石段があるだけなのだった。

 石段に杭を打ち込むのは罰当たりな行為なので止めて、舟を私の魔法収納へ入れた。


「さて、ここが旅の終着点なら良いのだけどね」

 私は石段の上に建つ赤い建物を見上げた。

 数十段はある石の階段の上には、赤い御殿が見える。

 正面の入口は開いているようだが、その奥までは見えない。


「あそこへ行かないと、ダメですよね」

「嫌な予感しかしませんが……」

「いや、二人がここで待つというのなら、私一人で行ってもいいぞ」


 二人の従者は悩んでいる。ここは即座に、そんなことはできませんよ、と否定する場面だろうに。


 そうは思っても、二人を無理やり奥へ連れて行くのも嫌だ。私だって、こんな気味の悪い建物の中へ入るのは気が進まないのだ。

 でも例えどんな困難が待ち構えていようとも、ここまで来たら行くしかないでしょ?


「私が一人で行ったとして、再びここへ戻って来る自信はないぞ。小舟はここへ置いて行こうか?」

 一応、そう声をかける。


「行きます。行きますってば。でもちょっとだけ、心の準備をさせてください」

「私も先生と同じです」

 おかしいな。二人で湖に飛び込んだ勢いは、どこへ行ったのやら。



「姫様にはこの建物を包む、どす黒く禍々しい光が見えないのですか?」

 プリスカが妙なことを言う。


「黒い光だって?」

 何を言っているのか分からない。こりゃ光と闇の精霊、ルアンナの得意分野かな?


「そうですよ、この心を縮ませる、近寄り難い危険な死臭を放つ黒い光の事です!」

 セルカもそんな風に言う。二人は最近オカルト小説でも読んだのか?


「いや。私には何も見えないし、逆に何か神聖な場所のように感じているのだが」

 確かに恐ろしそうな雰囲気はあるが、それだけの事。突然現れた不審な建造物に畏怖を感じるのは、人として当然の感情だよ。


「姫様は、これを間近に見ても平気なのですか……」

「ま、まさか……」

 二人は後ろの建物よりも怖いものを見つけたような顔で、私を眺めている。


「まさか、これが魔王城……」

「こら、その目を止めろ」

 私に感知不可能な何かを二人が感じているのは、少々気に食わない。



(ルアンナ、何か特別なものを感じる?)

(いいえ、特に何も)

 それなら、二人の気のせいなのかな?


「仕方がない。行きましょう」

「はい」

 二人の心が決まったようだ。


「いいのか?」

「ここで待つのも辛いですから」


「後悔するなよ」

「ああ、たぶん後悔するのでしょうけど」

「でも、いつもの事ですから」


「ここが、この異変の核心部であってくれるといいのだがなぁ」

「どう考えてもこの様子はそうでしょう!」

「だから行きたくないんですよ!」


 でも、私にはそんな確信が持てないんだよなぁ。どうしてかな?



 終




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