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1ー2ー1 慣れと非日常

ストレートについて2。

 風評被害が広まるのは早くて、隣の席の木下さんにはお気持ち表明された。何で指の状態見せただけでそんな気持ち悪いことになるんだ。俺は普通に女の子が好きなのに。

 放課後の練習では早速シートバッティングを。中原先輩の言うように投げて、状況を設定してバッティング練習に入る。

 ランナー何塁とか、アウトカウントにボールカウントまで細かく設定。基本的には一球勝負という形だけど、もちろんボール球を投げても良い。適したバッティングをしたい打者側と、最悪な状況にしないために考える守備陣と。


 そういう実践力と知識を養う練習だ。

 中原先輩にはお昼のストレート三種類のことを伝えた。すぐにストレートも三つサインを分けて、感覚に任せて投げ分ける。

 シートバッティングに参加するのは一軍・二軍混合。Aグラウンドでシートバッティングに参加している者もいれば、Bグラウンドにいる人も、ブルペンにいる人もいる。いつも水曜日に来週の練習日程を組んで、どれに参加するのか決めておく。監督などの首脳陣から全体練習で何をするか決めている日もあるので、それが埋まってから選手が空きを埋めていく形だ。


 シートバッティングは基本的に中原先輩にリードを任せた。選手全員の特徴なんて覚えてないので、投手の直感でダメだなと思う時以外は首を横に振らなかった。ストレートも実験的に投げ分けたけど、打たれる時はもちろん打たれた。

 今日ショックだったのは三間にインコースに入ったスライダーを打たれたこと。めっちゃドヤ顔されたのが腹立つ。


「宮下。お前の感覚凄いな。要求したストレート、そのものズバリだ」


「良かったです。自分の感覚だけかと思ってたので」


 途中でタイムをかけてマウンドにやってきた中原先輩にそう言われる。投げてる身としては本当に感覚頼りだったから、受けてる人がそう言ってくれるのは自信になる。

 でも一回、客観的に見たい。カメラ撮影とか頼んでみようか。


「目が良い奴は戸惑って打ち損じてるな。若干速度にも差があるから、それだけで配球に幅を持たせられる」


「逆に目が良くなかったらただのストレートですよね?」


「それでも回転が違うから、思ったよりボールが飛ばなかったり目測をわからないままズラしたり、効果はあると思うぞ?」


「そうですか?カットボールとかムービングを打ったことないんでわかんないですね……」


 ムービングファストボールのようにいわゆる動く球というのを見たことがないのでわからない。打席ではボールがおじぎしてたりしたらわかるけど、来た球打つだけだし。

 俺の球は回転が違うだけで動いてるわけでもなし。それで打ち損じたり、バットが空を切るなら意図的に使い分けるけど。


「この調子で抑えていくぞ。あと一巡な」


「結構打たれてる気がするんですが……?」


「まともなヒットは三巡して七本。シンカーを温存してたんだし、シートバッティングってことでずっとセットポジションだろ?ランナーのせいで守備位置も変わってるし、こんなの抑えてる方だよ」


 そうだろうか。葉山先輩には二本、倉敷先輩にはフェンス直撃喰らってるのに。

 というわけでシンカー解禁と、全力ストレート混ぜたら一巡、つまり九人全員凡退だった。いや、一人だけバント成功だから凡退じゃないか。

 終わったらダウンをして、俺も打撃と走塁に参加。ケースバッティングで最悪進塁打とか、引っ張るとか犠牲フライだとか。そういうことを考えながら打つ。貪欲に一点を狙っていかなければ甲子園に届かないと知っているために。


 犠牲フライならなんとかなるんだけど、狙った場所へ打つのが難しい。そこまでバットコントロールがあるわけじゃないし、正直引っ張る方が楽だ。

 それでもやらなくちゃ勝てないんだから右打ちもするけど、結果ボテボテのセカンドゴロだった。最低限最低限。

 練習も終わりの時間になってグラウンド整備をした後、宇都美コーチに高宮と一緒に呼び出された。


「宮下。今日少し残れるか?お前さんのストレート、解析しよう」


「できるんですか?」


「ハイスピードカメラは二台あるから、バッテリーの後ろから撮影できる。それをパソコンで処理してみてだな。どういうのか実際に見た方がいいだろ」


「わかりました。残ります。ありがとうございます」


「高宮は受けること。いいだろ?」


「大丈夫です。いつからですか?」


「夕飯の後に室内練習場で。監督も見るそうだ」


 はー。さすが私立の名門校。設備が半端ない。今日は元々残ろうとしていたから好都合だ。監督も見にくるなんて。二軍の選手に期待をかけているんだろうか。それとももう秋を想定して?こっちの方があり得そうだ。

 夕飯は千紗姉も食べないだろうから、素振りでもして待っていようか。


「それと宮下。例の記者、まだ校門近くにいるらしい」


「取材を申し込んで来ても、監督が断ったからという理由で断ればいいんですよね?」


「それでいい。まったく。一年生だけを取材するわけにはいかないからって中にも入ってこないチキンが何をする気なんだか。断られた手前入りづらいなら待ち伏せをしなければいいのに」


「涼介の名前が絶大すぎるんですよね……」


 他校なのに。元チームメイトって言っても国際試合だけで、今も連絡を取り合ってるとはいえそこまで親しいわけじゃない。

 いや、お姉さんの恋愛事情を聞いたりしてるから仲が良いのか?それは漏れてるはずがないから、やっぱり理由としては弱いはずなんだけど。

 寮生が夕飯を食べている間、俺は室内練習場で千紗姉にトスを出してもらっていた。寮のおばちゃんたちだって就業時間があるので、それを過ぎないように夕飯の時間は厳格だ。美沙の夕飯を食べる俺たちはお金を払ってまで夕飯を食べようとは思わない。


 俺はお昼だけは寮で食べているけど、それだって月額お金を払っている。それ以外で食事を取る際はお金を払わなければならない。千紗姉はお昼さえそうしていない。お昼は学校の食堂で食べているそうだ。

 マネージャーはほとんどそう。四六時中野球部員が一緒にいるのも問題だからだろう。というか聞いた話、昼食まで野球部部員と一緒だと学校中の女子の嫉妬がやばいのだとか。

 やっぱりこの学校の女子怖いよ。


「あんた右打ち苦手だっけ?」


「シニアの時は七番だったから狙うような打順じゃなかったじゃん。そこまで打てたわけでもないからヒット打てればなんでも良いって感じだったし。国際試合だって木製バットに慣れるのが優先でそこまで打つ方向は細かく言われなかったよ」


 今日の右打ちのボテボテゴロを見ていたからだろう。ライト方向にヒットも打てるけど、それは基本的にアウトコースの球をそのまま打ち返した結果で、インコースを無理矢理流すようなことはしたことがなかった。

 外野で出場するとはいえ投手がメインだったからこそだろう。打撃は中学まで好きにノビノビとやっていた。


「ま、智紀は根っからの投手だからね。でも高校野球ならエースで四番も珍しくないんだから、できるなら右打ちもマスターした方がいいんじゃない?」


「ウチで四番はあり得ないでしょ。三間がいる限り、俺が四番になることはない」


 あんな天性のスラッガーがいて、それを差し置いて俺を四番に置くことはないはず。東條監督も三番最強説を唱える人じゃないから、三間をズラすことはないはず。

 三間が大スランプにでも陥らない限り、俺の世代は三間が四番だろう。


「三間くんは身体能力から身体の大きさから、左打ちから全部揃ってるからね。アンタと唯一特待生を分け合ったのは伊達じゃないわ」


 各学校ごとに野球特待生という制度があるけど、特別な枠は帝王の場合二枠。そこを俺と三間が使っている。他の学校もそのくらいだ。何十人も特別な特待生にしたら高野連に注意を受ける。

 ウチの特待生だと入学金と授業料の免除。後は寮の費用を無償化。三間が払っているのは食費くらいだそうだ。俺もそんな感じだけど、寮に入ることはしなかったために寮の無償化は無駄になった。

 でも千駄ヶ谷と高宮も普通の特待生だったりする。中学の成績によって寮の無償化と入学金の無料くらいは受けられるらしい。


 そんな雑談をしながら両打席で一ケースずつ、トスバッティングをこなした。いやいや、左打席だと本当に当たらない。当てることが目的じゃないからいいんだけど。

 ボールを拾ってから、シートで打った分とトスで当たらなかった分の筋肉疲労を考えて、左打席で素振りをする。最近バットを振る量増えたな。今度の水曜日、バッティンググローブ買い足さないと。

 素振りをして待っていると、監督をはじめとする一行がやって来た。宇都美コーチはカメラとパソコンとで大荷物だ。


 防具をフル装備にした高宮とアップのキャッチボールをする。準備ができたら高宮の後ろにネットを。その後ろに千紗姉が陣取る。大人がいても御構い無しだなあ。

 監督もマスクだけつけてカメラを片手に持って高宮の後ろへ。俺の後ろには宇都美コーチ。周りには食べ終わった練習大好き皆さんが俺たちの様子を見ていた。


「それじゃあ始めろ。十球ずつでいいか」


「はい!まずは一番いきます」


 仮称一番ストレート。糸を引くようなストレートだ。この仮称は中原先輩が暫定的につけた。

 振りかぶって高宮が構えるミット目掛けて投げ込む。意識は指の先の先へ。少しズレたが、大きくは外れていないところへいった。色々な場所からピピッという機械音がする。


「確認するから待て。……よし、撮れてるな。宇都美コーチは?」


「大丈夫です。続けましょう」


 高宮からボールを返してもらう。「二球目!」という声と同時にまた投げる。十球投げた後に二番ストレート、キレのあるストレートを投げる。こっちは指の腹で押し出す感じ。

 投げ分けを意識するようになってからストレートごとのコントロールも曖昧になったけど、今はどれも似たようなコントロールで投げられる。どれかだけがコントロールミスしやすいとかそういうことはない。


 これも十球投げた後、三番ストレート。全力ストレートを投げ込む。これは言葉の通り全力で投げてるだけ。これが一番速度が出てるんだと思う。

 投げ終わって、監督とコーチが映像をパソコンに移してる間に高宮とダウンをする。千紗姉も近付いてくるけど、何でかスピードガンとノートを持っていた。


「え?球速測ってたの?」


「うん。面白い結果出たよ。球速だけに限っていえば、一番が一番遅くて三番になるにつれて速くなってる」


 ノートに書き込まれていた速度でそれを確認する。一番ストレートは最速135km。二番ストレートは138、三番ストレートは143だ。


「あれ?自己最速記録してるし」


「そうだね。今までは141だったのに。まだまだ伸び盛りなんだから、速度は出るでしょ」


 スピードガンと勝負したって意味ないからな。あくまで相手打者を打ち取れるストレートを。だからこうして三種類のストレートを投げ分けてるんだし。

 たとえ160kmを投げても。それで決勝タイムリーでも打たれたら意味がない。ノーコンだったら無駄だ。

 マウンドに登る以上、負けない投手こそが正しい姿なんだから。

 ダウンを終えると、早速コーチが解析したようでパソコンの前に大勢が集まっていた。


「まず一番な。これは完全に回転が垂直だ。回転が綺麗すぎて糸を引くように見える。完璧なバックスピンだから打つ側も浮き上がったように錯覚するだろ。捕るのは誰でもとはいかないな」


「そうですね。シニアの時は同級生が完璧に捕球できるようになるまで三ヶ月くらいかかりました」


 捕りづらいとはよく言われた。スピードが問題だったのかと思ってたけど、回転が原因だったのか。涼介は平然と捕ってたから気にしてなかった。


「次に二番。これはいわゆるジャイロ回転だな。回転数も一番多い」


「ジャイロ、ですか?」


 ジャイロボール。ライフル弾のような回転をする、バックスピンとはまた異なる回転のボールだ。ボールの進行方向に回転軸が向いている、最近メジャーで注目されているボールでもある。

 無意識って怖いな。


「初速と終速がほぼ変わらない。それにボールがほぼ沈まない。一番ですら若干沈んでるけど、これは本当に一直線に向かってくる。一番と二番だけで体感スピードもボールの軌道も変わるから、これで引っ掛けさせたり打ち上げさせたりできるわけだ」


「やっぱり意図的に投げ分けるのが有効ってことですよね?」


「実際投げ分けられてるからな。今日みたいにストレートもサインを別にした方がいい。ストレートってのは本来シュート回転するのに、お前のストレートは本当にまっすぐくる。それだけで錯覚が起きて打ち取れるんだ」


 へー。ここまで解析してもらったことなかったから知らなかった。俺のストレートって誇っていいんだろうか。

 周りの皆さんもそうだったのかーなんて感想を述べている。宇都美コーチは投手陣を任されているだけあって投手についてはべらぼうに詳しい。


「で、最後が三番。これは一番と二番の中間の回転をした上で速い。回転数は三つの中で一番少ないが、それでも一般的な速球派投手よりも多い。ひねりはないが、全力ストレートだな。速度もあって回転もあるから十分必殺のストレートになる」


「葉山先輩や倉敷先輩には打たれますけど」


「そりゃあこいつらが全国区のバッターだからだろ。ストレートの違いにも気付いてたんだって?練習で結構投げさせてんだから、むしろ打てない方がまずいだろ」


 そういうものか。いや、打たれない投手なんていないんだしコーチの言葉も当然なんだけど。これに変化球や他の駆け引きもやって打ち取ればいい。

 ストレートだけでどうにかするわけじゃないんだし。


「中原、高宮。宮下と相談して捕手には宮下のストレートを共有させておけ。スピードがある上にここまで変化があるんだ。ブルペンで怪我をされても困る」


「わかりました。近日中に纏めます。宇都美コーチにも手伝っていただいてよろしいでしょうか?」


「ああ。俺もこの映像で情報纏めておくから。とりあえず二軍までの捕手に全員受けさせてみた方がいい」


 そういう話になった。


次は「エレスティシティ」を更新します。


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― 新着の感想 ―
ストレートの命名は中原先輩だったかぁ。確かに最初から名前が付いてる訳じゃ無いしね
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