1ー1ー2 慣れと非日常
ストレートについて。
昼休み。寮の食堂でご飯を食べながら二軍・三軍向けの資料を読んでいく。朝言われた招待試合でやることとスケジュールだ。
日曜に開催。一軍は例の如く遠征のため対応するのは居残り組。マネージャーも一・二年生が残る。
俺たちは八時に集合。八時半に相手の二校が到着予定なので全員集合して迎える。その後は帝王式のアップをやり、十時から試合。第一試合はウチと私立上中里高校。試合はAグラウンドで行い、その間に空いている市立ひたちなか高校は施設の説明や練習メニューの伝授。
第一試合が終わったら昼食。昼食の後に上中里とひたちなかの試合。その間俺たちは打撃練習。
最後にウチとひたちなかの試合。それが終われば全体ノックをして終了。十八時には相手は解散の予定。その後俺たちはグラウンド整備があるわけだけど。
概要欄に注意事項などが書かれているが、要するに野球部として礼節を持ちましょうということが羅列されているだけ。練習内容なども公開していいようで、寮の食堂以外へ他校生を入れないようにすること以外に目立つ注意事項はない。
勝手に部屋に入られて財布盗まれましたとかなると大問題だからだろう。
「他のガッコと合同練習なんて珍しいなあ。東京だとこういうのしょっちゅうやるん?」
「さあなあ。シニアではなかったぞ。たまに伝統校が合同合宿やるっていうのは聞くけど」
「神奈川でもこういう話は聞かないなあ」
相当珍しい話だと思う。俺も初めて聞いたくらいだ。千紗姉からそういうことやったとは去年聞いてたけど。
「高宮。お前って上中里についてなんか知ってる?」
「俺も推薦来たから調べたけど、行く気しねえよ。何の実績もない監督。設備も私立としては普通。お前が帝王に入るって聞いて敢えて避ける投手でもなければ新設校なんて怖くて選べるか。実績があるウチの方が鉄板だろ」
高宮にも推薦来てたのか。関東に出てるキャッチャーは欲しいだろう。打てる守れる捕手がいればそれだけでチームは纏まる。
「千駄ヶ谷は?」
「僕は推薦来るような選手じゃなかったからね。初耳だよ。というか東京からしか集めてないんじゃない?」
「そうやろな。オレも初耳や。宮下にも推薦来たんか?」
「来たよ。速攻断った」
高宮が言うように惹かれる要素がなかった。そんな博打をするまでもなく帝王があったんだからこっちを選ぶに決まってんだろ。千紗姉もいるし。
「どんな選手が集まったか知ってるか?」
「投手に都大会ベスト8の右投げが入ったのと、ボーイズでホームラン打てるレフトがここに入るって去年の段階から知ってたけどそれだけだな。正直小粒すぎて、それで甲子園目指すなんて無理だろって思った」
「ベスト8って微妙な。それにスラッガーならまだしもホームランが打てるっていうのも不確かな情報だよな……」
ホームランなら俺もシニアの頃に打ってたし。それを売りにしててもなあ。それに投手もその成績じゃ関東大会にも出れてない。東京のシニアは強豪が多いけど、本当の意味で強豪って言えるのは関東大会に出ないと。
「僕としては茨城の市立高校の方が気になるなあ。どういうツテでウチと練習試合組めたんだろ?ウチってかなり有名だから練習試合組むだけで相当順番待ちになるって聞いたけど」
「新設校やからな。まあ、試合に出たらぶっ潰すだけやけど」
「何で悪ぶるかなあ、三間は」
どういう縁かはわからないが、全力で挑むというのもまた事実。
千紗姉情報だとひたちなかとの試合で先発予定。ということは上中里との試合だと俺は出ないんだろうか。オーダー発表はその日にならないとわからないから楽しみに待とう。
食事を食べ終えて食器を片した後、俺は朝預かったDVDを取り出す。幸いテレビは誰も使っていないようだ。
「三間。この前の烏山高校との練習試合見る?」
「おう!見る見る!オレがホームラン打った試合やな!」
というわけで再生。試合を見ていくが、何というかあんまり参考にはならない。客観的には振り返れるんだけど。
「うーん。早打ちが過ぎる」
「結局パーフェクトだろ?失投は?」
「三回に一球だけ。つってもコースから大きく外れたから打たれたわけじゃないし」
スコアブックを見ながら振り返っていく。千駄ヶ谷は今日グラウンド整備の日だったのでグラウンドに向かっていった。
俺のホームランも残ってるけど、ストレートを思いっきり引っ張っただけ。まさかって感じだった。
「うーん。もっと歯応えある敵と戦いたいわぁ」
「ん?三間ならホームラン打てるから弱い相手歓迎だと思ってたけど」
「甲子園目指しとんやぞ、高宮。オレは高校通算本塁打記録とかどうでもええねん。確実に甲子園行って、あの舞台でホームラン打つ。ついでに優勝旗かっぱらってくる。記録なんて六十本行けばええ」
「いや、六十も十分多いだろ」
プロで有名な選手でもどれだけの人が六十なんて数字残したか。そんだけ打てばプロになれる。ただでさえ打率の良い三間だ。そんな数字提げて行ったらプロのスカウトが放っておかない。
それからも所々早送りで見ていくが、正直相手が悪かったとしか言いようがない。俺も何かミスがあったわけじゃないけど、出来すぎだ。参考にはならない。相手が空回りをしすぎというか。
「この試合、結局チェンジアップとスライダーを投げなかったんだったか?」
「そう。途中からストレートとシンカーだけでどこまで通じるかっていう方向にシフトしていった。シンカーも弾く感じと抜く感じで変化の仕方と回転も変わるからって、それを試してた」
弾くと速度も出て落差はあまりなく。抜く感じだと緩く大きく変化する。それとストレートも緩急をつけた結果がパーフェクト。
実験になったのか微妙なところだ。
「宮下のストレートは回転が良いからな。それだけで十分な武器になる」
「葉山キャプテン」
いつの間にか葉山キャプテンを始め、先輩方がテレビを囲っていた。回転が良いとは聞くけど、自分のボールって直に受けられないし、打席にも立てないからどれだけの価値があるのかわからない。
よく伸びるだとか、糸のように綺麗なとか言われるけど。俺としてはストレートって三種類で投げ分けてる感覚がある。
自分の中でだけで、実際はどれも同じストレートなのかもしれないけど。
「葉山キャプテンは俺のストレート、どう感じます?」
「回転が綺麗な、糸を引くストレート。荒々しく力強いストレート。そして風切り音が気持ちいいキレのあるストレート。この三つがあるから打ちづらいんだろうな。これに変化球が加わるんだから思考が停止する。制球も悪くないために決まれば誰でも苦労する」
「へえ」
俺のイメージ通りだ。ちゃんと投げ分けられてるっぽい。俺の指も案外捨てたもんじゃないな。感覚も。
葉山キャプテンの言葉が納得いかなかったのか、間宮先輩が異議を唱える。
「ああん?ストレートはストレートだろ。全力かそうじゃないかってだけで」
「いや、あれはもはや別物だ。倉敷ならわかるだろ?」
「……回転の軸が違う。おそらく回転数も変化があるだろう。糸を引く、というストレートは回転が垂直に近い真性のバックスピン。力強いストレートは多くの速球派投手が投げる普通のバックスピン。風切り音が違うストレートは回転数が段違いに多いために速度と目測を誤らせる。正直、ストレートだけで三振が取れるぞ」
葉山先輩が話を振った我が校が誇るスラッガー、倉敷先輩はそう解説する。倉敷先輩は巌のような体型の方で、上にも横にも大きい。見るからにスラッガーという体型だ。
そんな三番・四番コンビの推察。なかなかに興味深い話だ。やっぱりハイスピードカメラか何かで検証したい。
「でも俺らだって打てるじゃねえか」
「違いに気付かなければどれもストレートだ。芯で捉えられれば問題はない。その芯からズレる錯覚を引き起こすストレートだが、動体視力の問題だろうな。要するに目が良い奴ほど宮下のストレートは打てない」
「映像の奴らが打てないのは?」
「それ以前の問題だ。速度に身体がついていっていない。俺たちならあの速度にも慣れているから少し経てば打てるが、それだって真芯で捉えられたのは少ないだろう」
ん?フリーの時に葉山先輩にはかなり打たれていたような?もう慣れたって言いたいんだろうか。
というかこのストレートの話、キャッチャーの皆さんに共有した方がいいんだろうか。
「お前らがそんなこと言うから、打ちたくなっちまったじゃねえか!宮下、今日の予定は⁉︎」
「シートで投げる予定です。全員に投げるかはわかりませんが」
「ぜってえ打つ!」
「そればっかりは順番なので……」
まあ、本当に投げることになったら色々と試してみよう。それで打ち取れるようになったら嬉しいし、キャッチャーの皆さんも戦略が増えるなら喜んでくれると思う。
そろそろ昼休みが終わるので解散。片付けをして教室へ戻る。
「高宮、ストレートのこと気付いてた?」
「全力の時と八割投球で回転が違うなとは思ってたけど、二種類しか気付かなかった。今日のシートで俺がキャッチャーできれば確認するのに……」
「悪いな。今日は中原先輩だ」
シートで組む中原先輩は現状レギュラーキャッチャーの三年生。レギュラーキャッチャーとなると他の投手、特に一軍の投手と組むことが多いので今日初めて組む。二軍に上がったばっかの一年投手と組むなんて珍しいだろう。
「しっかし宮下。ストレートなんてどう投げ分けてるんや?握りは一緒なんやろ?」
「一般的な4シームの握り。投げる時の指の切り方かな。力強いストレートは正直あんまり考えてない。そのまま速い球を投げようとしてるだけ。糸を引くようなって言うのが指先の本当に先の方で回転をかける感じで、キレのあるストレートはむしろ指の腹で押し出す感じで投げてる」
「ええ……。お前キッショ」
「キショってなんだよ。そういう感覚って話で、実際どう切ってるのかわからないんだぞ?」
そんな感覚で投げてるってだけで。そこまで本格的な投球解析なんてしてない。回転数とか測ったことがないから実際はどうだとかわからないわけで。
「それで爪怪我したりしないだろうな?」
「その辺りのケアはバッチシ。千紗姉にマニキュアとか買ってもらってるし」
その証拠とばかりに右手を見せる。高宮は堂々と触って間近で見たりして怪我がないことを確認したようだ。
「その辺りは抜かりないか。お前の指ってかなり繊細なんだな」
「健康な身体で産んでくれた親に感謝してるよ」
そんなことを話しながら教室に戻った。
実はこの時、高宮が俺の手をマジマジと見て握っていたことから男色の噂が一時期流れて酷い風評被害を受けることになった。
ここの女子、ちょっと見境がなさすぎるのでは……。女性怖い。
次は「エレスティシティ」を三日後に投稿します。
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