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1ー1ー1 慣れと非日常

朝練。

 私立帝王学園。甲子園常連校で優勝経験もある、野球名門校。学力は普通で、学校の特色はスポーツがどれも優秀だということ。

 そんな帝王学園が一番力を入れている部活が野球だ。テニスを除いて唯一球場が複数あり、野球部の生徒のみが住んでいる野球寮もある。他の越境入学者は部活を問わずに一括の大きな寮で暮らしているというのに。

 そんな名門校だからこそ、朝は六時半から練習がある。一時間二十分練習した後、寮生は朝飯。通い組はこの時間朝飯を申請していなければコーチと一緒に練習する。


 今日はノック。俺も外野としてノックを受ける。通い組はなんとたったの七人。電車で通うにしてもならいっそ寮に住んでしまえという人もいるので、通い組はかなり少ない。朝弱い人は寮に住むのが無難だ。

 東京は始発の電車がものすごく早くからあるためにちょっと離れた場所くらいなら通えるが、毎日の往復が面倒という声もあるらしい。俺の場合は徒歩十分かからないから通うけど。


 シニア時代から外野はやっていたので問題なくノックを受ける。今は真中コーチがノッカーを務め、それをバックホームで返している。人が少ないためにバックホーム以外できない。

 マネージャーの皆も朝の仕事が終わったのか、ベンチで練習を眺めている。総勢七人。一部活のマネージャーって考えたら多いんだろうけど、それでも仕事はいっぱいあって人手としてはギリギリらしい。


「お願いします!」


 コーン!という木製バット特有の音と共に白球が放物線を描いて飛んでくる。落下地点を大まかに予測してフェンスの方へ下がる。気持ち後ろへ下がっておいて、グラブに入る瞬間に合わせてステップ。

 キャッチと共に勢いをつけたままボールを返球。中継役の先輩へ低く速いボールを返す。

 その先輩がバックホームで返す。よくある中継の練習だ。


「オッケー!ナイス返球!」


 同じ通い組で外野手の柴先輩に声をかけられる。柴先輩も一緒に練習を受けているけど、この方小学生からずっと外野手だったとのことでアドバイスをしてくれる。本職という奴だ。とてもありがたい。

 コーチ曰く、マウンドから降りる際や、そもそも登板しない日に外野で出ることが増えるだろうからと、こうして外野の練習をしている。

 外野の守備練習と打撃練習の時間が増えた。俺も最初から投手だったわけじゃないし、積み重ねがあるからなんとかやれるレベルだ。


 ピッチャーが一度外野に下がることなんて良くあることだ。投手一本でやっていけるほど高校野球は甘くない。

 八時十五分まで練習を行い、それから片付けと着替えをして学校に向かう。八時四十五分には着席していないといけないのでちょっと急がないと間に合わなかったり。

 片付けが終わって着替えようとした時に、千紗姉に呼び止められた。


「智紀。これGWの烏山高校の映像。君津先輩が落としてくれたから」


「ありがと。これも見終わったら資料室に戻すんだろ?」


「それあんた用だから持って帰っていいわよ。資料室に置くやつは別に保存してもらったから。関東大会の試合二つもDVDにしたから見たかったら資料室に行って」


「わかった」


 というわけでDVDを受け取る。今日は昼休みにグラウンド整備もないし、ご飯食べたら早送りで見ようかな。


「それと今週の招待試合のダブルヘッダー。あんたは茨城の市立ひたちなか高校との試合で先発ね。もう一つの東東京の上中里(かみなかざと)高校はどうなるかわかんない」


「どっちも新設校なんだっけ?」


「上中里は学校そのものが新設。市立ひたちなかは野球部を新設だって。どっちも合同招待だから、試合以外にも色々やるから。寮の食堂に二軍・三軍全員への通達文貼ってあるからお昼にでも確認して」


「了解」


 新設校で試合ができるほど人数が集まったのか。上中里は俺も推薦来てたから有名選手を集めてたんだろうけど、市立となるとそっちは人を集められなかったんじゃないかな。

 しかしそんな新設校と五月に練習試合を組むなんて。何かしらツテがあったんだろうか。

 それに招待試合は初めてだ。今まで他校を学校に呼んで練習試合はやって来たけど、招待試合となると他校と練習内容の共有だったり、一緒に練習したりする。お互いメリット・デメリットが相応にあるけど、帝王は他県相手ならこの招待試合を結構やっている。

 一軍はこの招待試合なんて受けない。あくまで二軍で受けるという。一軍がそんなことに関わる必要ないだろうからな。


「あ、智紀君。それと千紗先輩も。いいところに」


「福圓さん?」


 いいところにってなんだ。まだ着替えずにジャージのままの福圓さんが近寄ってきた。クラスも違うから話したことないんだよな。美沙並みに小さい……。目線がだいぶ下だ。


「あの。今日帰る時に気を付けるようにって東條監督が。朝から野球雑誌の記者が来てるみたいで、下校まで待ち伏せてるかもって」


「……堂々と取材すればいいじゃないか。というか、何で俺?まだ入学したばっかだし、涼介のように試合に出たわけじゃないのに」


「その羽村涼介君と接点があるから、対談を組みたいとか何とか?みたいです。監督からの又聞きなので正確にはわからないですけど。監督はまだ入部したばかりだからと断ったみたいなんですけど」


 羽村涼介。中学時代にUー15で一緒になった世代最強捕手。千葉の習志野学園に進学し、そこも甲子園常連校だというのに関東大会で五番ライトで先発出場。ホームランも打つ大活躍をしている最注目株。

 昨日関東大会で優勝したんだし、注目されてるのは当然だとして。俺と涼介の接点なんて国際試合で一緒だった、数試合だけバッテリーを組んだってだけなのに対談って。監督が断る理由もわかる。


「いやいや。涼介君様様だねえ。あんたが有名になるんじゃなくて、バッテリーを組んでたからってこうも手を回してくるとか。大手なら心象悪くなるから嗅ぎ回ったりしないはず。となると小さいところかおバカさんか。智紀、気を付けなよ」


「一緒に帰る千紗姉も気を付けてくれよ」


「もちろん。っていうか慣れてるし」


 俺たちって母さんや喜沙姉のせいでそういうマスコミ関係にだいぶ慣れている。だから変なことをされない限り大丈夫だと思うけど。

 しかし千紗姉。顔を歪めて眉間に皺を寄せていても美人とか、ウチの女性陣の顔面偏差値と美人指数どうなってるの?誰か計測してよ。

 バカなこと考えてないで知らせてくれた福圓さんにはお礼を言わないと。


「福圓さん、伝言ありがとう。それともう良い時間だから急いで着替えないと始業に間に合わなくなるよ?」


「それは智紀君たちも同じじゃ……?」


「俺は最悪走ればいいし、千紗姉はこの一年で慣れてるから。大丈夫だよ」


 というわけで速攻着替えて教室へ向かう際に、いつもの面子──三間に高宮、千駄ヶ谷という一年二軍組──と集合して教室へ向かった。


「智紀ィ。何やあお前、朝から美少女と駄弁りおって」


「美少女?……ああ、福圓さんか。業務連絡だよ」


「両手に花だったよね。片方お姉さんだけど」


 三間の絡みにめんどくさく思っていたけど、千駄ヶ谷の審美眼からしても福圓さんは美少女になるらしい。可愛らしい感じだよな。美沙の方が可愛いけど。今朝ベッドに潜り込んでたのが美沙だからこそ、余計にそう思う。

 あんなベタ甘な妹、可愛くて仕方がない。こっちも甘やかしちゃうのはしょうがないよな。大変な家事をやってくれてるんだし。


「業務連絡って何や?」


「野球雑誌の記者か何かが俺のこと付き纏ってるかもしれないんだと。だから気を付けろって」


「……お前、何かしたのか?もしかしてお姉さん関係がバレたとか?」


 高宮が喜沙姉関係かって聞いてくるけど、首を横に振る。今の所野球部で俺と喜沙姉の関係性は止まっているはずだ。それが流出した様子は見られない。

 喜沙姉を起用してる野球雑誌じゃないはず。あそこは凄い大手だし、相手が嫌がることをしたら雑誌のイメージが悪くなるからな。


「羽村涼介との対談をしてほしいんだと。涼介が注目されてるから、ついでに俺もダシにして発行部数を稼ぎたいとかじゃないか?何でただの高校生がわざわざ対談なんてしないといけないんだよ」


「ハァ〜。注目株ってのは大変やなあ。安心しい、智紀!オレがその対談代わってやるわ!」


「何で三間君が?……おかしな話だよね。プロの対談ならわかるけど、高校生で片方は公式戦で結果を残したわけでもないのに取材に来るって」


「Uー15の後にそういうのは?」


「精々進学先聞かれたくらいで、涼介とどうのこうのはなかったよ。あってたまるか」


 進学先は相当聞かれた。シニアを通しての取材だったし、帝王に進学することを早々に決めてたから問題なんて一切なかったけど。

 それに野球雑誌側としても涼介単体か涼介と中学で一緒にバッテリーを組んでいた市原の方が注目されてただろうからな。事故で高校野球絶望的。彼らにとってはそういうスキャンダルの方が取材しがいがあるのだろう。

 だから俺も千紗姉もさっき福圓さんから話を聞いた時に怪訝な顔をしてたんだけど。


 特に市原への取材は酷いものだったらしい。涼介や涼介のお姉さんから千紗姉を通しての又聞きが多いから全部は知らないけど、市原も習志野学園へ推薦入学が決まっていたほどの野球エリートだった。それが事故で進学先を変える、野球をしないとなれば追いかける人間も出て来る。

 マスコミとかって何か付け入る隙を見付けたらかなり食い下がってくるんだよな。ハイエナの如く。


「今日は居残り練しようかなー」


「室内練習場で投げるか?」


「それもいいかも。いつもの時間に帰ると待ち伏せされてそうで嫌だ」


 千紗姉も残して、今日は居残り練をしよう。マスコミとか避けるに限る。特にしつこいのは。


「今日って学校で何か行事あったっけ?」


「いや、何もなかったよ」


「そろそろ数学の小テストが学年であるんじゃないか?」


「そうや!何で数学だけ頻繁に小テストあんねん!」


「何でだろうな……」


 全員数学が苦手そうで笑うしかない。いや、高宮は勉強ができるらしくて数学も問題ないようだが。羨ましい。

 再試や赤点取らないように気を付けないと。でも休み時間勉強なんてできないから机で寝てるんだろうなあ。ちょっとでも寝る時間が欲しい。

 野球部に限らず、運動部に所属する人間は休み時間に爆睡するのが日常風景らしい。それで起こしてくれる周りが優しいというか、下心があるというか。女子に起こされるのは恐怖を感じる。

 日中は何か問題があるわけでもなく、平穏に過ごせた。


次は「エレスティシティ」更新します。


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