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1ー2ー2 慣れと非日常

記者。

「千紗姉、お待たせ」


「はいはい。帰りましょ」


 ユニフォームから制服に着替えて帰る。こんなに遅くまで学校にいたのは初めてだ。合宿や夏大会前はこんな時間でも当たり前になるらしいけど、居残り練習も色々な人と話せて面白い。

 校門は既に閉まっていて、すぐ隣の勝手口から出ることになっている。この勝手口は外からは開けられないようになっているから忘れ物とかはできないらしい。気を付けよう。

 というわけで歩いてると、俺たちに近付いてくる大人が二人いた。一応不審者を警戒して千紗姉の前に出るけど、集音マイクとメモ帳を持っていることから例の記者だとわかった。


「宮下智紀君?ちょうど良かった、『月刊スポーツスリー』の浜崎と言います。インタビューいいですか?」


 集音マイクを持っていた女性がそう尋ねてくる。買ってない雑誌だし、知らないな。スポーツ全般を取り扱っていて広く浅くが主義なんだろう。だったら野球専門雑誌を買うから知らないわけだ。

 それでもって、東條監督に断られてるんだから、俺の答えは決まっている。


「すみません。インタビューに答えるような人間だと思っていないので。監督にも釘を刺されました。今は野球と学校生活に集中したいです」


「そこをなんとか!羽村涼介君で特集記事を作りたいのよ。関東大会でも活躍して、Uー15で一緒だったんだもの。意識する相手でしょう?」


 決めつけだなあ。いや、選手としても私人としても気にはしてるけど。

 でも監督に断られてる時点でこういうのは通用しないってわからないのは、それが記者ってやつの本質だろうか。


「監督と野球部、学校を通してください。自分じゃ判断できません」


「彼女さんも宮下君が有名になるところ見たくない?私たちはあなたをとても評価しているわ。世間的には羽村世代と言うかもしれないけど、宮下世代って呼ばれるようなきっかけになる記事にしてみるわ」


 どうやって。涼介を前面に押し出すくせに俺を目立たせるって企画として狂ってる。

 それに千紗姉を彼女扱いかあ。いや、顔は似てないから姉弟には見えないんだろうけど。

 記者に話を振られた千紗姉は笑いながら俺の右腕を抱きかかえる。


「あら、智紀。あたしたち彼氏彼女に見えるんだってよ?どうする?」


「どうもしないよ……。姉です。彼女じゃありません」


「へ……?」


「仲良い自覚はありますけど。智紀の言うように取材なら学校などを通して正々堂々とお願いします。許可が降りれば智紀はちゃんと答えますよ」


「今までそうしてきたので。失礼します」


 千紗姉もそう対応して歩き出す。シニアの時もシニアの監督を通して取材を受けてきた。Uー15でもそうだ。選手へ単独インタビューなんて、何が世間に出回るかわからないから受けないように母さんに仕込まれた。

 その辺りは芸能事務所の社長。手抜かりはない。

 記者たちを追い払うように早歩きをすると、近くに止まっていた車からクラクションが鳴る。見覚えのある黒塗りの車に近付くと運転席から喜沙姉のマネージャーの緑川さんの顔が見えた。

 すぐに俺たちは車に乗り込んで発進する。


「良かったー、二人を拾えて。トモちゃんも千紗ちゃんも大丈夫だった?」


「ありがとう、喜沙姉。千紗姉が呼んだの?」


「そ。こういう時は逃げるに限る」


「緑川さんもありがとうございます」


「お母様から任されていますから。それじゃあ一応迂回しながら家へ向かいますね」


 スーツを着た緑川さんはいかにも仕事ができますっていう感じの女性だ。喜沙姉が抜けてるところがあるから、こうしっかりしている人がマネージャーをしてくれるのは助かる。

 今日喜沙姉の仕事が夜遅くまでなくて良かった。緑川さんにも用事とかなくて。そうじゃなかったら家まで付き纏われたかもしれない。最悪電車に乗って逃げようかとも考えたけど。


 適当に大通りに出たり小道に入ったりしてから家に戻り、緑川さんに三人でお礼をしてから家に入った。マネージャーついでに俺たちの面倒まで見てもらって足を向けて寝られないよ。緑川さん本当にありがとう。

 俺が最初に風呂に入って、その後千紗姉たちが入っている間に柔軟をする。全員風呂を出てから四人で夕食を。母さんはまだ仕事らしい。

 今日の夕食はチーズインハンバーグだった。美沙の料理スキルがどんどん上がっている。お肉も生焼けじゃないし、チーズもちゃんと溶けている。美味い。


「まったく失礼しちゃうわ!トモちゃんをメインに据えるんじゃなくて、羽村君のオマケだなんて!」


「いや、喜沙姉。涼介の活躍考えればおかしくないって。一年で習志野学園のレギュラーになってるんだぞ?しかもホームラン結構打ってるし」


「そうそう。今回の問題は監督に断られたのに独断でインタビューしようとしたことでしょ。本当に記者はさあ」


「ストーカーと変わらないよね。千紗ちゃんもお兄ちゃんもお疲れ様」


 そんな愚痴大会になってしまった。慣れているとはいえ、それでも気に入らないことは気に入らないからだ。月刊スポーツスリーという雑誌も調べたけど、ネットにあまり良い評判がなかった。

 取材がしつこいだの、話した内容が違うだのって書かれてる。何でまだ発刊できてるんだ。

 雑誌の試し読みのページもあったから読んだけど、高校野球にはあまり力を入れていないし、スポーツについて調べているというより、選手たちを面白おかしくして笑いを取ろうとする記事ばかり。

 スポーツ雑誌なんて名乗れないような内容だった。


「これは監督も断るわ……。週刊誌の暴露本みたいなものじゃない」


「そうね〜。そういうものと同じノリで作ってるんでしょう。トモちゃんも有名になったのねえ」


「いやいや、涼介のせいだから。俺高校での実績0どころか、公式戦始まってすらいないのに」


 とりあえず明日からも行きと帰りを警戒しよう。一回で諦めるような連中じゃなさそうだ。何かしらの弱味を握ってこようとするだろうし。


「あ、美沙。俺明日からも遅くまで学校に残って良い?」


「居残り練習続けるの?」


「そう。千紗姉も残って大丈夫そうだったし、三年生と協力してやることがあってさ」


「普通の時間じゃ足りないってこと?わかった。向こうを八時に出てくるくらい?」


「そんくらい。通学組は八時には校門から出ないといけないらしいから」


「ちょっと智紀。何で一緒に残るあたしじゃなくて美沙に先に言うのよ?」


「美沙が料理とか風呂とか用意してくれるんだし。ガス代だってバカにならないし、一々温め直すの面倒だろ?」


「そう言うとこ、庶民感覚よね……」


 ウチって父さんの遺産や母さんの稼ぎで一般家庭よりはお金持ちだろうし、実際色々楽させてもらってるけど。

 それでも野球はお金がかかる。それを知っているし、サポートしてくれる美沙に下手な負担をかけたくない。


「あ、それと美沙。水曜日スポーツショップ寄ってから買い物でいい?買い物先だと大荷物だから俺の用事優先させてくれ」


「もちろんいいよ。何買うの?」


「バッティンググローブ。そろそろ穴空きそうだし、早目に予備が欲しい」


「お兄ちゃんバッティングに目覚めたの?あ、ホームラン打った時のお兄ちゃん現像してきたよ。いる?」


「それはいいや……。映像残ってるし」


「じゃあいつも通りアルバムに入れておくね」


 俺のアルバム、もう複数あるんだよな。小学校の頃から野球のものと普段のアルバム分けていて、野球のだけでいくつかある。

 母さんが撮ったものより美沙と歴代のマネージャーさんが撮ったものの方が圧倒的に多い。マネージャーさんに何やらせてるんだよとは思うけど、案外マネージャーさんたちも楽しんでやってくれていた。

 やっぱり俺の家ってどこかおかしいよなあ。


次は「エレスティシティ」を更新します。


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