2ー1ー1 招待試合
ひたちなか高校の面々。
五月中旬の日曜日。市立ひたちなか高校の野球部はバスを借りて初めての遠征に来ていた。東京だが、県外の相手と戦うのは初めて。
ダブルヘッダーで片方は自分たちと同じ新設校だが、もう片方は招待をした東京の王者帝王学園。強豪校ひしめく東東京で数多くの甲子園出場を果たしている名門校だ。
高速道路で揺られるバスの中で、このチームの正捕手を務める神田はタブレットで一つの映像を見ていた。自分たちの代のUー15。去年夏にあったアメリカとの決勝戦だ。
「おー、神田。宮下のボール見てるのか?っていうか俺たちの試合に投げる?こっちはただの新設校だぞ」
「可能性は高いと思ってる。大田原も見とけよ。四番なんだから打ってもらわないと困る」
「んじゃ見せて」
「おう」
神田は後ろの席から覗き込んでいた長身の大田原にタブレットごと渡す。そのついでに神田はバスの中を見渡す。
監督の大竹は母校に向かっているために緊張などしていない。他の面々は帝王を相手にするという実感がないのか緊張していない者、逆にネームバリューがありすぎて早くも顔が青くなっている者。もしくは大田原のように自然体の者。
神田の隣の席に座っていたエースの白石は、自然体だった。
「お前は緊張してないわけ?帝王相手に投げてもらうんだけど」
「緊張、してないよ。俺がエースなら、エースとして投げるだけだ。エースは、負けない」
「お前はいいねえ。俺なんて二軍が相手とはいえ、どうリードするか緊張してるのに」
ある意味頼もしいエースの言葉に、神田は苦笑していた。中学まで控え投手だった白石はエースに憧れを持っている。新設校に来たことでエースに指名され、実際実力もあった。神田も白石の投手としての能力を認めていた。
白石は中学時代、絶対的エースが同じチームにいた。だから試合で投げる回数が少なく、いまいち自分の実力を認められていなかった。
だが、そのエースがすごかっただけで白石も悪い投手じゃない。今神田は白石に自信を持って投げさせているところだ。
「神田。もう一個の新設校って情報ある?」
「ねえ。東京のあぶれ組を集めた、監督の実績も何もねー高校なんて調べてもねえよ。宮下クラスがいるなら警戒もするけど、宮下ぐらいの奴らならどこの学校に行ったか把握してる。今回練習試合するまで知らなかったんだからただの新設校だ」
「さすがデータオタク」
「神田ー。俺も実績も何もなくて新設校で監督やってるだけなんだけど?」
「……監督は帝王の元レギュラーって実績あるでしょう。甲子園にも出てますし」
「それは結局選手としてだからな。監督としては無名だぞ」
そう大竹は笑う。元帝王学園で去年市立ひたちなか高校に新任教師として赴任。周りを説得して硬式野球部を設立した人物。実家がひたちなかで、茨城の教員になりたかったらしい。
神田や大田原など、数人は大竹に中学時代声をかけられてひたちなかに進学した者たちだ。野球部を新設するために有力な選手には去年のうちに直接声をかけ、強豪校や普通の学校は嫌だと進学した者が集まっている。
選手は総勢十一名。マネージャー二人。監督と部長合わせて十五人の野球部だ。
今回は大竹のコネで帝王と練習試合ができた。去年のうちに申し込んでいたのだ。野球部ができたら試合をしてくださいと。
これを東條監督が了承。昨日ついでのように宮下を投げさせると言われていたので大竹は上機嫌だ。
宮下は間違いなく世代を代表する投手。それと試合ができるだけでいい経験になる。
心折れる者も出るかもしれないが。
バスは時間通りに帝王学園に着く。バスから降りると帝王学園の選手たちに迎えられた。
「「「おはようございます!今日は一日よろしくお願いします!」」」
統一された声でそう言われる。それにあっけに取られながらも、ひたちなかの者たちは一列に並んでキャプテンの成井が腹から声を出す。
「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
「「「お願いします!」」」
お辞儀をした後、向こうの集団から一人の選手が出てくる。「ちわっす」と帽子を脱ぎながら挨拶した後、ひたちなかの選手を一回り見てから話し始める。
「今日ひたちなかの皆さんを案内する田中裕太です。早速皆さんを着替える場所へ案内します」
「よろしくお願いします」
ひたちなかの面々が裕太について行くことで帝王の選手たちはグラウンドに戻って行く。案内される中グラウンドが二つあること、他の部活も盛んなこと、設備が整っていることに感嘆の声を上げていた。
ひたちなかは市立の普通の高校だ。設備もそこまでよくない。グラウンドなんて学校から離れた場所のを借りて練習している。寮に隣接したグラウンドというだけで名門の風を感じ取っていた。
「ここがいつも通い組が使う更衣室です。上中里の皆さんはもうグラウンドに行ってるので、今ここを使うのは皆さんだけです。それと今日皆さんの荷物を管理するのもこの部屋になるので鍵を渡しておきます」
「預かります」
キャプテンの成井が鍵を受け取る。ここにいるのは他の学校の人間もそうだが、この学校の他の人間やOBなどの部外者もやってくる。なので鍵の管理はとても大事だった。
「皆さんは着替えたらここで待っていてください。自分は監督さんやマネージャーさんを案内して来ます。すぐ戻ってくるので」
監督に部長、マネージャー二人は別部屋で着替えるのでそちらに案内を。
実際全員が着替え終わる前に裕太は戻って来ていた。
「それじゃあBグラウンドに案内してそこでウチのアップに参加してもらいます。まあ、アップは準備運動して軽く走ってキャッチボールっていうありきたりなものなのでそこまで心配しなくてもいいですよ」
「わかりました。つかぬ事を聞きますが、田中さんって三年生ですか?」
「はい。それで三軍です」
それを聞いて驚く者と、予想していた者。裕太はそれを聞かれるとわかっていたので移動しながら答えていく。
「まあ、名門あるあるですね。三年生の場合、年度が上がる前に二軍に上がれなかったら新年度からこういう雑用だったり新入生の面倒を見たり、ノッカーを買って出たり。自分を合わせて八人います」
「それは、紅白戦などを見て決めるんですか?」
「全部を総合的に見て、ですね。二軍に残しても一軍に上がれない者。それが三軍に残ります。でも二軍の三年生も一軍に上がれる者は少ないでしょう。名門ゆえに毎年新入生で何人かは夏までに一軍に上がります」
特待生制度なども交えて解説され、名門のレベルの高さを思い知った。特待生は今年十二人いるが、その中でも等級があって学校生活ほぼ全額無償の特待生は毎年二・三人。それ以外は寮費や入学費が無償の特待生。
特待生は大体関東大会経験者がなれるとのこと。
その説明が終わる頃にBグラウンドについた。既に帝王の全選手と上中里の選手も集まっていて七十人ほどそこに集まっていた。
「ようこそ、帝王学園へ。今回は招待試合ということで上中里高校と市立ひたちなか高校の皆さんは何か掴める一日だと招待したこちら側としても嬉しい。今回の総まとめを行う真中だ。帝王ではコーチを務めている。それでは早速アップを始めようか」
全員で輪になって準備運動、その後グラウンドをランニングで走った。その間に神田は周りの選手を調べていた。
(三間がいることは知ってたけど、高宮もいるのか。帝王の新入生で注目するのは宮下含めてその三人として。マジで上中里は誰一人として知らねえ)
神田とてシニアの面々ならわかるが、ボーイズや軟式出身ともなればわからない。それこそ県が異なればわからないことだらけだが、そういうボーイズや軟式でも関東や全国に出ていればなんとなくわかる。
その上で、神田はもう一つの新設校の選手がまるでわからなかった。
ランニングが終わった後、帝王の二軍はAグラウンドへ移動してキャッチボール。三軍と二つの学校はBグラウンドでキャッチボールを。
それが終われば上中里はAグラウンドへ行き、練習試合の準備に移った。ひたちなかの面々はこのままBグラウンドで打撃練習をさせてもらえるらしい。
練習が始まる前に、神田は自分のチームのマネージャーである飯原と中条を呼び出していた。これからマネージャーへの講習が始まるとのことだった。
飯原はショートカットの茶髪がトレードマークで野球にとても詳しい小さめの少女。中条は黒髪ストレートであまり野球に詳しくなかった。
だから神田が頼むのは飯原の方だ。
「飯原。どうにか第一試合のスコアって取れないか?マネージャーってこれから何するか聞いてる?」
「えっと。最初はマネージャーとしてやっていることの研修を受けて、それが終わったらバックネットのところにある小屋からウグイス嬢の練習とスコアの取り方、記録装置の使い方を教えてもらえるって」
「じゃあ説明は基本中条が聞いてくれるか?スコアが欲しい」
「わかった。聞いてみるね」
「私はそれこそ素人だから仕方がないのだけれど。それでもそこまで態度が違うのは遺憾だわ」
中条に拗ねられたが、神田としてはとにかく相手の情報が欲しい。データを元にリードを組み立てる者として、データは0よりも一つでも多く欲しいのだ。
たとえ相手が試合ごとにオーダーをガラリと変えてくる可能性があったとしても。
「悪い。中条もマネージャーとしての仕事覚えて来てくれ。何が役に立つかわからねえ。けど、飯原はもうスコアブック書けるんだ。頼んだって仕方がないだろ?」
「そうね。私が今日までにスコアの書き方を覚えてこなかったのが悪いわ。今日中に覚えてあげる」
「……無理はすんなよ」
飯原はそんな物言いの中条に苦笑し、神田は何でそんなに拗ねているのかわからなかった。おそらくプライドの高い女なのだろうと思って、あまり煽るようなことを言わないことにする。
神田はそれだけ伝えて練習に戻る。打撃練習は一時間。それが終わったら筋トレなど身体の作り方についての講座を受けることがわかった。
打撃練習ではゲージを二つ作って、片方をバッティングマシーンが、もう片方を選手が投げるというものだった。そして驚いたのがグラウンドを二分するネットの存在だ。バックネットからセンターにかけて二つに遮る大きなネットによってどちらの打撃も邪魔しない作りになっていた。
これならもう片方のボールを気にせず打撃も守備もできる。
「名門すげえ」
「金のかけ方が違うな」
ということで打撃練習が始まる。ひたちなかの選手がひたすら打撃をしていいということで、打っていない二人以外の選手は少し離れた場所でトスバッティングをさせてもらえるという厚遇ぶり。
至れり尽くせりで驚くひたちなかの選手たちだった。
次は「エレスティシティ」を更新します。
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