【40】
オリンピック延期になったけど4連休!
皆さんいかがお過ごしでしょう?
狭い屋敷の中、シグリではあの男の相手は務まらない。それはわかりきったことだ。だから、まともに相手をする気がない。簡易指揮所となっているこの部屋には、シグリとイルムヒルデしかいなかった。襲撃があることを半ば予想していたので、他の人間を下げていた。
襲われるのなら、シグリとイルムヒルデの二人。シグリはシュトランツ公爵と張り合える能力がある。イルムヒルデは、このフリューアのかなめだ。排除するならこの二人からである。二人のうち優先順位は、イルムヒルデの方が上だろうか。
「お久しぶり、というほどではないか」
ついひと月ほど前の話だ。あの時はシグリがやりあった。今も千里眼は機能しているが、シグリはイルムヒルデをかばうように立っているだけだった。攻撃するそぶりはない。帯剣はしているが、抜こうともしない。イルムヒルデはシグリの背後で、そっと魔法の準備を整える。
操られているには反応が早すぎる。つまり、彼は自分の意思で動いているはずだ。ならば。
「さすがに精神干渉も受け付けないか」
「えっ」
確かに、意識があるのであれば、その思考能力を奪えば、人間は動けなくなる。しかし、イルムヒルデやシグリもそうだが、精神干渉に対する対策を行っているようだった。有効であるが、試してみるのには驚いた。
シグリは千里眼と持ち前の処理能力で攻撃をよけると、窓に近づいた。放たれた突きをしゃがんでよけ、低い位置から蹴り上げた。攻撃をしないとは言っていない。まともに相手をする気がないだけだ。剣の軌道がそれる。イルムヒルデが男の足元に魔法陣を展開する。念動力が、男の体を持ち上げた。窓ガラスを突き破り、二階の窓から外に落ちていく。
「あとは頼んだ!」
シグリが下で待機していたアルベルトに向かって叫ぶ。持ち場を離れられないアルベルトのもとに、男の方を送り込んだ形だ。
「こんなにうまくいくなんて思いませんでした……」
「基本的に、私はずるをしているからな。特にここはお前の領域内だ。一瞬足止めできれば、勝算は高かった」
「はあ……」
いまいちピンとこないイルムヒルデ。おそらく、彼女の両親が先の紛争のさなかに殺されたのは、フリューアの領主が持つ、この絶対的な魔法優先を解除するためだ。まあ、結局ローレンツに負けているのだが、みなまで言うまい。
どこかで爆発音が聞こえた。どうやら、作戦通りに進んでいるようだ。今頃、東帝国軍は襲い来る水に慌てているはずだ。あいにくと押し流せるほどの勢いはないだろうが、魔法でいくらかかさまししている。
二人は幕僚たちが詰めている部屋に移動する。どうやら、全く心配されていなかったらしく、「うまくいきましたね」とにこにこされた。
ほどなくして、停戦命令が届いた。どうやら、マティアスがうまく動いたらしい。イルムヒルデは官僚として彼に望まれたが、正直、自分いる? と思った。まあ、彼だけしか動けない、という状況を打破したいのだろうが。ローレンツとシグリのように、代理ができるような人間がいれば、マティアスの苦労も減るだろう。
「即座に各部隊に通達。気を抜くな」
「はい!」
てきぱきと各部隊に停戦の連絡がいく。情報の伝達の速さは大事だ。東帝国側に停戦の通達が来ていない可能性もあるので、気を抜くことはできないが……。
「素人意見ですが、普通に考えて、中央からの伝達って東帝国側より私たちの方が早いわけですよね。でも、本当に東帝国側から停戦命令が出ていないときはどうするんですか?」
こちらが停戦しようとしても、向こうにその気がなければ攻撃されてしまう。誰が言ったのだったか、撤退戦は難しい……いや、今回は関係ないか。
「その通りだな。このまま第二師団にはにらみ合ってもらう。だが、東帝国側には国境線まで退却していただこう」
いや、だからどうやって? 首を傾げたイルムヒルデに、シグリは意味深に笑った。
種明かしをされたのはローレンツたちが戻ってきてからだ。第二師団の将軍ヴァルター・シャウマンはシグリの宣言通り、東帝国とにらみ合っているらしい。文字通り、にらみ合っていたらしい。
「シグリ、お前、いつかヴァルターに刺されるのではないか。恨み言を言っていたぞ」
「まあ。人聞きの悪いことを言わないでくださいませ」
ローレンツのちょっと呆れたような言葉に、シグリはさして気にした様子もなくそう答えた。イルムヒルデは第二師団の将軍の神経質そうな顔を思い出する。話をしたわけではないが、シグリと何やら言い争っていた。どちらかというと、噛みついてくる将軍をシグリがいなしているような感じだったが。
「まあ、言ってるだけだろ。いくら相手がシグリでも、女に手を上げるようなやつじゃないし」
と、これはアルベルトだ。妙な信頼がある第二師団将軍である。ローレンツは「それはわかっている」と苦笑した。
「だが、無理をさせているからな。後であいつの説教くらいは聞いてやれ」
「彼の場合は小言のような気もしますが、わかりました」
正直な話、配置する人間が彼しかいなかったという事情があるが、シグリもヴァルターにはちょっと無理を言っている自覚はあった。それができる才覚があるから言っているのだが、シグリに采配させると限界までこき使われる、というのはあながち間違いではない。
「それで、お前、どんな魔法を使ったんだ」
「魔法ではありません。情報操作です」
帝都ではマティアスが流通に制限をかけている。そうなると、東帝国に流れていくはずのもろもろが止まる。者だけではない。『人』も。
こちらから流れて行かなくなれば、東帝国も対抗しようとすべての流れを止める。物資が届かなくなる。増援が来なくなる。それどころか、帰れなくなるかもしれない。そのような噂を流せばよい。それだけで志気は落ちる。
「なんかずるいですね……」
イルムヒルデは素直にそんな感想を漏らしたが、情報操作も戦争の一つとのことだった。
「お前に任せておけば、国の一つくらいはとれそうだな」
「さあ。どうでしょうか」
にこりと笑ってシグリははぐらかしたが、正直なところ、ローレンツだけではなくイルムヒルデもアルベルトもできそうだ、と思った。
その後もしばらく、イルムヒルデたちはフリューアに残らねばならなかった。領主であるイルムヒルデは当然として、ローレンツは軍の責任者、シグリは采配を整える役目と、イルムヒルデに辺境伯の仕事を教えること。何気に彼女が一番多忙であるが、なぜかいつも一番早く仕事が終わる。その処理能力を分けてほしい。結構本気で。
その後、ローレンツが呼び寄せた第四師団が引き継ぎに来て、フリューアは人口過密状態になっていた。
「俺がどれだけ苦労したと思っている。結局俺に押し付けやがって。いつもそうだ、お前は!」
「頼りにしているんだ。相手を刺激しすぎないように牽制するなんて、そうそう人にはできないからな」
第二師団将軍ヴァルターとシグリのやり取りである。褒められて言葉に詰まったヴァルターだが、すぐに怒鳴った。
「それにしても限度があるんだよ!」
いつものことらしく、シグリに堪えた様子がないので平行線のままである。
「い、いいんですか、あれ?」
「彼はいつも怒っているからな。いいやつなんだが」
まあ、悪い人ではないと思う。イルムヒルデが男性恐怖症と知って、むやみに近づいてくることはなかった。彼の立場上、領主とは話したかっただろうに、話しかけてこなかった。配慮してくれていたのだと思う。
「シグリ様が飄々としているから、言い合いになってしまう?」
「……まあ、そんなところだね」
イルムヒルデからのシグリの印象を聞いて、彼女は微苦笑を浮かべた。こうして、第二次フリューア戦役はひとまずの終息を見せた。
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ちなみに次で最終話。




