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【33】










 病室から出たシグリは、イルムヒルデとマティアスから簡単に状況を聞いた。フィリベルトから概要は聞いているが、実際に采配したのは彼らなので、確認だ。

 そのままフィリベルト曰く穴だらけな庭を見に行く。確かに穴だらけだった。がれきは片付けられているが。

 千里眼と言われる魔眼の中には、過去を見透かすものもあるが、シグリにはその能力がない。彼女が『視る』のは現在から未来にかけてだ。その未来を見るものも、かなり限定的だが。

 やはり知覚魔法の能力者を連れてくるべきだろうか。だが、あまり意味がない気がする。狙いは判然としないが、なんとなく感づくものはある。あれはマティアスを狙っていたというより、ライヒシュタイン辺境伯を狙っていた。


 さて。アルベルトを探しに行こう。と身をひるがえした時、目に入った。

「何してるんだ、オスカー」

 笑ってシグリはそこに立っていた優男に尋ねた。彼女の元夫のオスカーは所在なさげにそこに立っていた。話しかけようとして、ためらっていたようだ。

「シグリ……その、大丈夫か?」

「見た目ほどひどくはない。大丈夫だ」

 むしろ筋肉痛がひどい。腰かけたのは、今朝イルムヒルデが座っていたのと同じところだった。話を聞く姿勢があるということを察したオスカーが断ってからシグリの隣に腰かけた。


「ずっと、お前と話をしたかった。あの後すぐ、お前はフリューアに行ってしまったから……」


 オスカーと離婚した後、ほどなくシグリは補充軍官僚として当時戦場だったフリューアに派遣された。当時は外務省所属だったから、決しておかしくはないのだが、珍しいことだったには違いない。シグリは何も言わずに旅立ってしまったから、オスカーは驚いただろう。

「その件に関してはすまなかった。私も冷静に話ができる気がしなかったので、逃げてしまった」

 そう。思い返せば、シグリは辞令が出たことにこれ幸いとばかりにオスカーから離れた。

「そうか……うん。思えば、私も冷静には話せなかっただろうと思う。お前がこの学校に赴任してきたときも、たぶん、冷静ではなかった」

 オスカーは息を吐いてから口を開いた。


「私は本当にシグリのことが好きだ。これだけは信じてほしい。あの時、私は若くて、……若くてというより、まだ子供で、揺らがないお前を信じられなかった。……信じられなくて、試すような真似をしてしまった。……言い訳だが、本当に申し訳ないと思っているんだ……」

「……」


 さて、どうしようか、とシグリは迷った。突き放すのは簡単だ。もう五年も前のことであるし、今となっては気にしていないことだ。……当時、多少は気にしたが。


「……あのとき、流石に裏切られたと思った」


 ぐ、とオスカーはのどが詰まったような声を出した。やはり傷つけてしまったという気持ちと、そう思ってくれたという安堵。双方が混じって見えた。

「オスカーが言うように、あの当時の私は若くて、どうしようもなく子供で、自分のことばかり考えていたのだと思う。確かにお前を愛していたのに、それを表現するすべを知らなかった。意地を張っていたのかもしれない」

 お互い様だ、とシグリは言う。二人とも子供で、自分の心を相手にさらけ出すことはなかった。相手に『察しろ』と思っていた。その結果が離婚である。

 オスカーは同級生であり妻となったシグリの心を試した。別の女性と関係を持ち、それに気づいたとき、彼女は嫉妬してくれるだろうか。そう思って、試した。

「お前を叩いたとき、自分の心がわからなかった。結婚してから一年もたっていないのにどうして、という気持ちと、やっぱり、という気持ち。気づいたらお前を叩いていた」

 後から考えると、ショックで理性が飛んでいたのかもしれない、と思う。要するに、この二人はどっちもどっちなのだ。言葉を惜しまずに交流していれば、防げたかもしれない事態なのだ。

 混乱したまま夫を叩いたことを夫の母に責められ、言われるままに離縁してフリューアへと逃げた。オスカーは自分が悪いのだと母親を説得しようとしたが、できなかった。オスカーの母は初めからシグリによい印象がなかったのだ。


 すべてが、シグリとオスカーの根回し不足。ちゃんと対策すれば回避できた。現在、帝国軍の幕僚長を担っているシグリはそう思う。

「……あの時、たたかれた時、シグリが私を思ってくれていたのだと喜んでしまった……たぶん、シグリなら許してくれると、どこかで思っていたのだと思う」

 オスカーの推察は、たぶん正しい。シグリも、義母に出ていけ、と言われなければ、そのままオスカーとの結婚生活をつづけただろう。あの頃の自分は、ずいぶん流されて生きていたのだなぁと思う。

「これだけやらかして、身勝手な願いだとわかってはいるんだが。シグリ」

「うん?」

「やり直すことはできないか?」

 じっとオスカーに見つめられても、シグリの心は揺れなかった。


「できない」


 だろうな、とオスカーも思った。顔の半分を包帯で覆った彼女は、幕僚とはいえまぎれもない軍人。根底が代わっていなかったとしても、オスカーが愛した時の彼女とは別の道を歩いている。

「そうか……うん。わかっていたんだ。そうだって」

 自分の中でけじめをつけるために、彼女にそう言われたかっただけだ。オスカーは息を吐いて笑みを浮かべた。

「ありがとう。あきらめがついた。ここで再会した時、お前が生き生きしていて驚いた。私と暮らしているとき、そんな顔はしていなかった」

「……」

 シグリは目を細めた。そうだろうか。最終的にあんな形になったが、オスカーとの暮らしも楽しくなかったわけではない。

 だが、どうしようもなく違えてしまったのだろう。二人の道は。


















「一応声はかけなかったけど、大丈夫だったか?」


 そんなことを尋ねたのはアルベルトである。彼がシグリとオスカーの会話をうかがっていたのは気づいていたが、話が聞こえる距離にはいなかったので声をかけなかったのだ。シグリを心配してみていたのはわかっているし。

 アルベルトはこげ茶の髪に濃い紫の瞳をした精悍な青年だ。ローレンツの学友であり、彼の妹コルネリアの夫でもある。また、女性にしてはかなり長身のシグリが見上げねばならぬほどの長身でもある。

「大丈夫も何も、話していただけだ」

 からりと笑って言うシグリに、アルベルトはため息をついて顔を覆う。

「お前に何かあると、ローレンツがめちゃくちゃ怒るじゃん……?」

「そうだろうか? まあ、今回はちょっと頑張りすぎたかもしれないが」

「なんで本人が一番自覚薄いんだよ……どう考えてもやりすぎだろ。お前、軍人だけど本職は軍吏だろうが」

 もっともなことを言われる。その人にもよるが、幕僚というのは基本的に文官職だ。シグリのように軍人として籍を置くのがほとんどだが、たまに文官から補充されることもある。かつてのシグリがそれだ。だから、戦闘はシグリの領分ではない。

 とはいえ、彼女は『自分で身を護れる』という条件を聞いたときから、ある程度は覚悟していた。だから弓矢も剣も持ち込んでいたし、できる限りの準備をしていた。


「アルベルトの言う通りだな。もうやらないと思う」


 シグリは笑っていそう言った。アルベルトは情けない声で「そうしてくれ」と疲れたように言った。

「髪、髪も、なあ……」

「これも、今回切られなければ自分で切っていたから気にするな」

「そういう問題じゃないのよ……」

 なぜかオネエが出た。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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