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【21】












 侯爵家で開かれたお茶会は、それほどの規模ではなく、家格にしてはむしろ小規模だろうと思われた。ホストに挨拶をして、イルムヒルデはうかがうように周囲を見渡した。


「大丈夫ですわよ。ただにこにこ笑ってお茶を飲んでいれば、今日のミッションはクリアです」

「そうそう」


 ハイルヴィヒとアレクシアが励ますように言った。イルムヒルデも苦笑して「はい」とうなずく。

 同じテーブルの令嬢たちは、見慣れないイルムヒルデに興味を示したが、それほど深くは突っ込んでこなかった。アイクラーを名乗ったので、その名におびえたのかもしれないし、軽蔑したのかもしれない。ただ単に興味がなかった可能性もある。

 それでも程よく会話に混ざり、イルムヒルデも雰囲気に慣れてきたころ、遅れて到着した令嬢がいた。


「遅れてごめんあそばせ。支度に時間がかかってしまいましたの」


 そういうにふさわしい、昼の社交界には不釣り合いなほど着飾ったその少女に、ハイルヴィヒは顔をしかめた。彼女の美的センスが許さなかったのである。豪奢ではあるが、なんとなく下品でセンスがない。アレクシアも「うわぁ、目が痛い」とつぶやいた。ほかの令嬢も二人と似たような反応だったが、イルムヒルデは顔におびえを走らせた。アレクシアがそれに気づき、テーブルの下で彼女の手を握る。


「まあ! あなたも参加していたのね、親愛なるお義姉様」


 その令嬢は居丈高に、そしてさげすむような視線をイルムヒルデに向けた。この不自然なまでに着飾った少女は、アイクラー公爵の実の娘マリーナだ。イルムヒルデより一つ年下になる。

「……お久しぶりですね、マリーナ」

 取り繕ってイルムヒルデが挨拶すると、マリーナはふん、と鼻を鳴らし、顎を上げてイルムヒルデを見上げているのに見下すようににらんだ。

「どこかでくたばったものだと思っていたわ。そうだとよかったのに」

 フィリベルトが通りかからなければ、そうなっていた可能性の高いイルムヒルデである。

「さすがに言いすぎだと思うなぁ」

 顔をしかめたのはハイルヴィヒであるが、言い返したのはアレクシアだった。あの両親に育てられただけあって、彼女も爵位の低い家を見下す傾向がある。アレクシアは公爵令嬢であるので、子爵令嬢であるハイルヴィヒよりも意見を言うのに適している。

「あら、そうかしら。自殺願望のある辺境の娘なんてアイクラー公爵家にはふさわしくないわ」

 平然と言ってのけるマリーナに、会場の空気は白けていた。それに気づいていないのか無視しているのか、マリーナは女王然とふるまう。

「わたくしの席はどこ? この女と離れているのでしょうね」

「……こちらですわ」

 主催者側の令嬢がイルムヒルデから離れた席を示した。役目を全うしているが、できればかかわりたくない、と目が訴えている。


「いくら公爵令嬢とは言え、ふるまいが横暴だわ。イルムヒルデ様もあんな妹をもって大変ね」


 と、マリーナの振る舞いにイルムヒルデに同情票が集まる結果となった。妹くらいちゃんと教育しろ、という意見もあるが、もともといとこ同士であることは貴族社会ではそれなりに知られている。


「イル、大丈夫ですか?」


 ハイルヴィヒが心配そうにイルムヒルデの顔を覗き込んだ。その青くなった顔に、彼女は顔をしかめる。マリーナ、許すまじ。

「大丈夫。いつものことですし、半分くらい本当ですから」

「それでも、言っていいことと悪いことくらい、私でもわきまえてるよ。これだから身分の高い勘違い令嬢は」

 アレクシアは半分くらい自分に跳ね返ってきそうだな、と思いながらマリーナを評した。彼女も割合素直ではあるが、人を傷つける言葉を言わないだけマリーナよりはましだ。と、思いたい。

 マリーナは、ついた席であれこれとイルムヒルデをこき下ろしているらしい。屋敷に帰ってこない、というのは事実であるが、夜の街で男あさりをしているわけではない。未婚のお嬢様が話すにはどうか、と思う下品な内容にまで踏み込みかけたので、何人かの令嬢が無理やり話を変えていた。そうすると、マリーナの機嫌が悪くなる。常に自分が中心におらねば気が済まないのだ。思わずイルムヒルデからため息が漏れた。

「フロイライン・マリーナことは彼女の責任であって、イルの責任ではないですわ」

「……けれど、あそこまでこじれたのは私のせいです」

 イルムヒルデとシャルロッテが引き取られてからだ。もともとプライドが高く独善的で、他罰的な性格ではあったが、それに拍車がかかっている。


 ハイルヴィヒは上品にティーカップを傾けながら、突然できた姉が完璧すぎたのだろう、と推察した。生真面目な彼女は貴族としての気品がある。それに気圧されたのではないだろうか。それで、義理の姉に向かって毒を吐くようになった。

 その優秀な姉を見返そうと自らが努力し、その上に立とうとするのではなく、相手をけなして評価を落とそうとした。半分成功しており、社交界でのイルムヒルデの評判はあまりよくないようだが、同時にマリーナの評判も良くない。イルムヒルデを貶める代わりに自分の評判も落としているのだ。

 イルムヒルデとて、仲良くしようとしなかったわけではない。しかし、マリーナのほうは仲良くする気はなかった。結果、今に至る。

 無理にちょっかいを出さなければ、ここまでこじれることはなかったのではないか。そんな気もする。

「そうだとしても、相手が拒否したのだから相手の立場が悪くなってもあちらのせいですわ」

「そうでしょうか……会場の雰囲気も悪くしてしまいました」

 それはちょっとフォローしがたい。ハイルヴィヒたちがいるテーブルとマリーナがいるテーブルは、むしろイルムヒルデに対して同情的であるが、義理であっても姉妹である以上、家族の面倒は見ろ、というような雰囲気があることは否めない。


 ハイルヴィヒとしてはそれほど悪くなかったと思うが、イルムヒルデは少ししょんぼりして帰路につくことになった。気にするな、と言われる方が気にするのはわかっている。イルムヒルデを送りがてらシグリの邸宅に行くと、なぜかフィリベルトがいた。

「あら、フィリ。奇遇ですわね」

「ああ……そういえば、お茶会に行くと言っていたな」

 三人の格好を見て、フィリベルトは思い出したように言った。ハイルヴィヒは「そうですわね」とほほ笑む。

「どうだった」

 何気なく尋ねたのだろうが、ハイルヴィヒとアレクシアの表情がゆがんだ。いけないことを聞いてしまったかと、フィリベルトが焦る。イルムヒルデもどこか居心地悪そうに身じろいだので、彼女に関する何かがあったのだろう。

「……フィリ、アイクラー公爵家のお嬢様のことはご存じ? もちろん、イルや妹さんたちのことではありませんわ」

 カテリーナやシャルロッテはもちろん、マリーナもイルムヒルデにとっては義理の妹にあたるのだが、ハイルヴィヒの言い方でフィリベルトにも通じたようだ。


「ああ……マリーナ嬢のことだな。イルムヒルデには悪いが、虫を見るような目で見下されたことがある」


 思い出すと、ちょっと腹が立ってきた。マリーナがマティアスなど王族や公爵家の人間に媚びを売るような様子だったのを思い出し、フィリベルトが侯爵子息であるから見下されているのだろうと判断していた。

「まさに、ですわ。イルを罵倒してくれやがったのですわ。こんなにかわいいのに!」

「え……」

 ハイルヴィヒに抱き着かれたイルムヒルデが赤面する。アレクシアが「何それ私も」と参加してくる。フィリベルトは少しうらやましそうに見ていた。

「すっかり仲良しのようだな」

 家主であるシグリの声が聞こえて、三人はぱっと離れてそちらを見た。見て、姿を確認したが、脳の処理が追い付かない。知っているはずの人は、知らない人に見える格好をしていた。

「叔母上。どうだった」

 フィリベルトが詰め寄る。シグリは「ああ」とうなずく。

「違法な利子で金貸しをしているのはわかった。詳しいことはこれから取り調べだ。まあ、司法局がやるからあまり信用できないが」

「ってことは通報してきたんだ」

「一応な」

 突っ込みどころが多すぎてどこから突っ込めばいいのかわからない。しかし、ハイルヴィヒはまず見た目から突っ込んだ。


「シグリ様、どうなさったのですか!? かっこいいですわ!!」


 あからさまにテンションの高いハイルヴィヒに、フィリベルトは引いた。シグリは逆にほほ笑む。

「ああ、ちょっと賭博場に潜入してきたんだ。女装だと、私は目立つから」

 そう。シグリはきっちりと男装をしていた。いつものなんちゃって男装ではなく、男装メイクを施し、おそらく体型も整えている。どう見ても痩身の美男子にしか見えない。

「一人でですか?」

 心配そうにイルムヒルデがシグリを見た。もう過ぎたことなのだから、そこまで心配する必要はないのだが。

「いや、将軍に付き合ってもらった。そのまま王宮に戻ったけれど」

 ああ、そうだ。ローレンツがシグリを、男装しているとはいえ一人で送り出すはずがなかった。

「そうですか。よかった」

 ほっとしたように微笑むイルムヒルデに、シグリは本当にいい子だな、と思いながら微笑んだ。

「三人は茶会だったか。その様子では、芳しくなかったようだな」

「マリーナ嬢に会ったんです」

「ああ、なるほど」

 名前を言っただけでシグリに理解されるほど有名なのか、とフィリベルトは驚く。同時に、自分はそういうことに疎いのだ、と再確認させられた。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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