【20】
「お茶会、ですか」
図書館で学校の課題をしていたイルムヒルデは、ハイルヴィヒに提案されて首をかしげていた。ここは宮殿の敷地内にある図書館の一つで、ひとまず身元を保証されたイルムヒルデは、登城できるようになっていた。
「ええ。お茶会と言っても、小規模なものですわ。お茶を飲んで、ちょっとおしゃべりするだけ。わたくしたちが普段していることと一緒ですわ」
少しばかり人数は多いけれども、とハイルヴィヒは心の中で付け足しだ。しかし、社交に慣れるには比較的小規模な茶会は手始めによいと思うのだ。選べば、同年代の女性しか参加していない茶会だって見つかる。
「……私、あまりコミュニケーション能力に自信がないのですが……」
「そんなことばかりではだめですわ。爵位を継ぐ気、あるのでしょう?」
ハイルヴィヒに強く言われ、イルムヒルデはうなずいた。ライヒシュタイン辺境伯の名を継ぐ気は、ある。今のところ……。
「大丈夫だよ。ハイルが一緒だし、ま、私も行くし」
いないよりましでしょ、とやたらと朗らかに言ったのはアレクシアである。三人で勉強中なのだ。
「そんなに難しく考える必要、ないと思うなぁ。私だってこんなんだけど何とかなってるし」
確かに、一般的な令嬢とは言い難いアレクシアであるが、彼女には身を守ってくれるだけの身分がある。公爵令嬢、軍務長官の娘というのは、それくらい強固な身分だ。同じ公爵令嬢でも、イルムヒルデはそうはいかない。かりそめの身分だし、あの叔父叔母がイルムヒルデをかばうとも思えない。
「そう、ですね……。お二人が一緒なら」
「よし。なら決まりね。ところで、この問題、どうやって解くの?」
アレクシアがイルムヒルデに尋ねた。数学の問題である。ハイルヴィヒも頭が良いが、数学関連についてはイルムヒルデの方が強かった。魔術にどうしても必要なのだ。
わかりやすくアレクシアに解き方を教え、イルムヒルデはそういえばシグリは法学を専門にしていたな、と思った。いや、専門ではなく、詳しいだけなのかもしれないけど。
本当にマティアスの補佐をするなら、イルムヒルデも学ぶべきだろうか。基本的に勉強は好きなので、苦にならない。アレクシアなどは信じられない、というような顔をするのだが。
「ところでイル、お茶会に着ていくようなドレスはあります?」
「……学生服は駄目でしょうか」
ハイルヴィヒはイルムヒルデの言葉に苦笑した。
「確かに正装ではありますけど、避けた方がよいと思いますわ」
「つまり、ドレスがないってことでしょ。まあ、アイクラー公爵家に取りに行くわけにもいかないもんね」
と、アレクシアも納得したように言った。イルムヒルデは苦笑する。
「公爵家に行っても、それほどあるわけではありませんが」
それでも、夜会に出席するための正装くらいはあった。イルムヒルデは背が高いので余計に手間も金もかかる、と公爵夫妻は彼女にあまりものを与えなかったが、シグリから法律を教えてもらった今ならわかる。それは財産管理の原則に反している。
「……知らないとは損ですね……」
「……どうしたのさ、急に」
思わず唇から零れ落ちた言葉に、アレクシアが控えめに突っ込んだ。ハイルヴィヒは「まあ」とほほ笑む。
「そこを理解しましたのね。そうですわよ。知らないのは損、黙っているのも損ですわ」
「……そうかもしれませんね」
もちろん、声を上げるだけでは解決しないことも多々ある。しかし、どこに言うべきか知っていれば何とかなることもある。今のイルムヒルデのように。だからやっぱり、知らないことと声を上げないことは損なのだ。
「で、ドレスの件ですけれど」
「ああ、私のを貸そうか? シグリ様よりは身長が近いと思うんだけど」
アレクシアがけろりと言った。実は、同じ長身の女性としてくくられるシグリとイルムヒルデだが、シグリのほうが顔半分ほど背が高いのである。つまり彼女は、一般成人男性と同じくらいの背の高さだということだ。普段、体格の良い軍人とともにいることが多いので、あまり目立たないが。
なので、どうしても丈が余るのだ。身長という点だけを見れば、確かにアレクシアのほうがイルムヒルデと目線が近い。アレクシアのほうがやや小柄ではあるが。
「……まあ、身長は近いですわね」
「体格はシグリ様のほうが近いと思うのですが……」
ハイルヴィヒとイルムヒルデはアレクシアの胸元を見て言った。中性的な口調で話すアレクシアだが、顔立ちは女性的でしかも巨乳だった。対して、イルムヒルデはすらりとした体型である。
「……どこ見てんの」
さすがに怒るよ、とアレクシアはすごむが、ハイルヴィヒはため息をつくだけで歯牙にもかけない。
「まあ、確かに身の丈はあいそうですわね……体格はともかく」
「貧弱ですみません……」
同じすらりとした体型でも、シグリは鍛えているのだろうな、とわかる体型をしている。幕僚ではあるが、ことによっては戦場に同行するため、体力作りは怠っていないのだろう。対し、イルムヒルデは本当にただ細いだけなのだ。
「折れそうなほど細いとは、イルのような人を言うのでしょうね……」
「ハーラルトも力を入れたら折れそう、って言ってたよね」
ハイルヴィヒとアレクシアはイルムヒルデを見て同時にため息をついた。
「うらやましいですわ。この細い腰とか」
ハイルヴィヒがイルムヒルデの腰をつついた。くすぐったくて、イルムヒルデは身をよじる。
「くすぐったいです! 私はお二人のほうがうらやましいですけど」
ハイルヴィヒもアレクシアも、女性らしい体つきをしている。女らしくない、と叩かれ、貧相だ、とさげすまれたのを思い出すので、イルムヒルデは自分の体形が嫌いだ。というか、たぶん、体型どころか自分自身のことが好きになれない。
「イル?」
ハイルヴィヒが心配そうにイルムヒルデを覗き込んだ。イルムヒルデは微笑んで首を左右に振る。
「何でもありません」
そう? とハイルヴィヒはまだ心配そうにしているが、アレクシアが課題の意味が分からない! と騒ぐのではいはい、とその面倒を見るほうに移った。イルムヒルデは苦笑し、自分も資料に目を落とす。
イルムヒルデは、自分が嫌いだ。それでも、役目をはたして行けば、いつか少しは好きになることができるだろうか。
お茶会の日、シグリが不在の屋敷にハイルヴィヒとアレクシアはやってきた。結局、アレクシアのドレスを借りることにしたのだ。仕立ててもよかったのだが、時間が足りない。
「重ね重ね、すみません……」
「いいのですわよ。いつだったかフィリも言っていましたけれど、自己満足でもあるんですもの」
からりと笑ってハイルヴィヒは言った。昼用のドレスを持ち込んできたアレクシアはというと、なぜか文句を垂れていた。
「私までドレスである必要はないと思うんだ」
「何を言いますの。人の印象は見た目で決まるのですわ。あなたはともかく、イルに悪感情を持たれては困りますの!」
「あ、それは困る」
「私は別にかまいませんが……」
よくない、とハイルヴィヒとアレクシアに突っ込まれて、イルムヒルデは肩をすくめた。
「どうしてそんなに気合が入っているのですか……」
イルムヒルデがあきらめた感じにつぶやくと、ハイルヴィヒはあら、と笑った。
「言ったことありませんでしたか? わたくし、人を着飾らせるのが好きなんですの」
と、こともなげに述べた。アレクシアも経験があるようで「好きにさせるのが一番安全なんだよね」という。
「趣味はいいから、変なことにはならないし」
凝り性だからやられる方は疲れるけどね、とアレクシア。そういえば、公爵令嬢である彼女と子爵家の長であるハイルヴィヒが友人同士なのも謎と言えば謎である。
「そう、ですか。その、よろしくお願いします……」
お任せなさい、というハイルヴィヒの声に不安を覚えたイルムヒルデは悪くないと思う。
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