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【22】











 ところで、シグリが男装していたのは、ローレンツが女の姿で賭博場に彼女を行かせるのを嫌がったためだ。いくら長身とはいえ、この国の貴族女性の大半はハイヒールを履いている。つまり、シグリが素足で立っているのと、ハイヒールを履いて女性が立っているのとでは、それほど差がないのである。まあ、それでもシグリのほうが多少背が高いだろうが。

 なので、彼女がかかとの低い靴を履けば、さほど目立つわけではない。彼女の美貌が目立たないわけではないが、それでも埋没する程度にはなじめる。ただし、美人だ。賭博場のような場所では、美しい女性は声をかけられることが多い。それが役に立つこともあるが、今回はローレンツがシグリに危険な目にあってほしくない、と言い張ったために男装となった。

 男性にしては細身だが、詰め物をすることでごまかせるし、背丈はシークレットブーツを履けば、周囲の男性と変わらないくらいになる。シグリの男装姿を見て、フィリベルトは自信を喪失しそうになったという。


 それはともかく。ローレンツはマティアスとともに作戦会議中だった。二人とも、アイクラー公爵家の夜会に招待されているのだ。

「幕僚長に男装させて賭博場に行かせたんだって?」

「私が行きたかったんだが、私は目立つからな」

「そうだね」

 マティアスはまじまじと年の離れた従兄を見る。黒髪の美形である、ということはそれほど人目を惹く要素ではない。しかし、ローレンツには雰囲気がある。地味な格好をしていても、ああ、貴族なんだろうなぁとわかる人がいるが、そんな感じだ。何というか、あ、こいつ軍人だな、とわかるのだ。


 自分で行けなかったローレンツは、信頼する将軍に男装したシグリを任せた。将軍のほうは文句を言っていた気がするが、ちゃんと仕事はして戻ってきた。もともと気難しい男なので、シグリも笑って受け流していた。

「フィリが自信なくす、ってしょんぼりしてたよ」

「フィリベルトか? 顔はなんとなく似ているがな」

 叔母と甥の関係だけあって、なんとなく顔立ちは似ている。しかし、シグリは性格が男前なのだ。その辺の違いだと、マティアスは思う。

「話を戻すけど、アイクラー公爵は見栄っ張りだから、僕たちが参加するとなれば拒否しないでしょ。イルムヒルデはフィリベルトに連れて行ってもらう」

「ああ、それがいいだろう。家側として参加させるのは避けたいからな。妹二人は」

「ああ、妹さんたちはまだ夜会に出られる年齢ではないから、クラウディア預かりのままだよ」

 義理の妹にあたるカテリーナは十三歳、実の妹にあたるシャルロッテは十二歳だ。二人が社交界に出てくるには、あと二・三年かかる。イルムヒルデも、もしかしたら、それまでに決着をつけたいと思ったのかもしれない。


「そういえば、義兄の……あー、ゲラルトだったか。恐喝の疑いがある」

「ああ、子爵家の次男を殴ってるのは見た。というか、この前の夜会で幕僚長がに誘いかけてたけど」

「は?」

 思わずローレンツが顔をしかめる。シグリ・フォン・カウニッツは、黙って座っている分にはただの美人だ。中性的な顔立ちではあるものの、ドレスを着て化粧をしていれば間違えるべくもない。中身はなかなかに愉快であるが、黙っていればわからない。

「ローレンツ、顔怖いよ。まあ、適当にあしらってたけど。後で話聞いたら、旦那さんに放っておかれた奥様と間違われたらしい」

「……そして、お前、ちゃっかり仲良くなっているんだな……」

 シグリが政庁に出入りすることが多くなったので、マティアスとの交流も増えたのである。何か企んでいるのではないか、という疑惑も増したが、間に人をはさむと途中で話が変わってしまうのである。なので、直接やり取りすることが増えた。

「俺もシグリを連れて行こう。これだけいれば戦力過多だ」

「なんで幕僚長のことになると突然脳筋になるの」

 半笑いでマティアスが言った。基本的に、頭脳関係に関してはシグリに丸投げしているのだ、と言い訳してみる。言い訳にはならないか……。


「まあ、僕も手は回してあるから、夜会の間に証拠をつかみたいところだよね。彼らが失態を犯してくれればよりいいんだけど」

「性格が悪いな……と言いたいところだが、シグリならそういう仕込みもできるぞ」

「え、本当に幕僚長ほしい」

「やめてくれ。俺の首が回らなくなる」

 今、シグリがいなくても回るようにシステムを構築中であるが、まだ不完全でシグリの指示がないと仕事が止まることがある。たぶん、今も仕事が止まっているのではないだろうか。

 それからもう一度手順を確認し、ローレンツは立ち上がった。

「では、作戦通りに」

「うん。協力よろしく」

 そういえば、これはマティアスが官僚を確保したいがために始めたことだったな、とローレンツは今更ながらに思い出した。















 アイクラー公爵家は歴史のある古い家柄である。それを、本人たちも誇っているところがあり、その夜会は派手であった。品が良いわけではなく、ただ旧いものを集めてきました、という感じだ。

「趣味が悪いですわ……」

「それはすみません……」

 眉をひそめたハイルヴィヒに、フィリベルトに半分隠れたイルムヒルデが答えた。

「イルのせいではありませんけど……それにしても」

 なつきましたわね、と言いそうになって、やめた。イルムヒルデは男性恐怖症を脱していないが、おそらく、フィリベルトのことは好きだ。なら、しばらくこのままにしておきたい。純粋な好奇心もあるが、下手に指摘して恐怖症を悪化させたくない。

「……それにしても、人が多いな……」

 話を逸らすように言ったのはフィリベルトだ。話をそらされたのはわかるが、イルムヒルデはそこには突っ込まず、言った。

「マティアス殿下がいらっしゃるということで、これだけ集まったらしいですが……」

「なんで知って……ああ、叔母上か」

 たいていの疑問は、シグリだから、で解決するのだ。そのシグリはローレンツにエスコートされて会場にいた。二人は背が高いので見つけやすい。男装も似合っていたが、やはり美しい女性だ。


 現在、その二人はアイクラー公爵夫妻と話をしている。シグリはにこにこ笑っているだけだが、この距離でもわかる。目が笑っていない。何を言われているのだろうと、イルムヒルデは申し訳ない気持ちになってくる。

 さらにイルムヒルデのもう一人の義理の妹マリーナも見つけた。なぜ見つけられたのかというと、マティアスとしゃべっていたからだ。マティアスにはハーラルトがついているのでめったなことはないと思うが。ちなみに、マティアスがエスコートしてきたのはアレクシアであるが、彼女は今離れていた。マリーナが釣れるかと思って、自ら離れたのだろう。

 自分の家族に問題しかないことには気づいていたが、改めて見ると結構……かなりひどい。品が良い、と言われるシグリに遠い目をさせるくらいには問題ありである。

 たぶん、ここまでになる前にどこかで正さなければならなかった。だが、イルムヒルデには『世話になっている』という引け目があったし、折檻を受けているゆえの恐怖心もあった。言い訳に過ぎない、とイルムヒルデは思っていたが、そんな彼女にシグリは言ったものだ。


「結局、おのれを守るものはおのれしかいない」


 自分を守れない人間に、他人を守る資格はない。そうも言われた。シグリの言葉は常に厳しいが、常に真実である。

 できるだろうか、イルムヒルデに。やっと前向きに考えた彼女の肩を、誰かがつかんだ。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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