60 智慧海のアルファルド
宙に浮く球体から生まれ出てきた1匹の白い蛇は、チロチロと舌を出しながら周りの様子を観察している。
白蛇アルファルドとそのタルパの主人であるパラスは、魔物の敵である怪儡アバンダンを睨みつける。
「何かと思えばたった1匹、すぐに片付く」
「多勢に無勢、みんなで掃除すれば見る間に終わる」
「要らないものは片付ける。必要とされる私たちだけがこの世界に残る」
像を破壊しつくした怪儡アバンダンたちがアルファルドに注意を向けている。
パラスが呼び出したタルパ1体だけでは依然状況は不利なままだ。
「逃げよう! ここから出て入り口を封鎖するんだ! その間に策を練ろう!」
「問題ない。アルファルドの真の姿を見せてあげる」
そうパラスが言うと、アルファルドが出現した球から6つの新しい蛇の頭が出てきた。
それぞれの頭部には眼がなく、代わりに【創発達識者共】の漢字が1文字ずつ見慣れない字体で刻まれている。
授業で習ったことがあったっけ……確か篆書体といったか。
アルファルドに見とれているうちに、新しい回答が投稿されていることが魔石版から通知されていた。
<瓶がいらないならウチに寄こしてくれ。小さく割ってくれていると助かる。硬い床の上において破片が散らばらないように布を被せて、金づちで小気味よく叩くといいぞ>
こちらに比較的小さな怪物が十数体忍び寄っていた。
ガラス瓶にとりついたその怪物のうちの1体の動きを【者】の首が抑え、石畳の上に寝かせる。
続けて【識】の首が汚れたボロ布を被せて、【共】の首がハンマーを素体にしている別の怪物を加えてガラス瓶の怪物に何度も打ち付ける。
<たくさんあるならガラス屋のおっさんだけじゃなくて俺にも分けてほしいぜ! 罠に使いたいから粉々にしないでくれよな。水を入れて飲み口の部分を思いきり叩くと底が抜けるから、破片はおっさんにあげてもいいよ>
【発】と【達】の首が禍々しい色の液で満たされたガラス瓶の魔物たちの頭に、壊された像の胴体部分を正確に叩きつけていく。
きれいに底だけ抜けて液体はアルファルドに向かって飛散することなく、処理された怪物たちの周囲の地面を浸していった。
それらの破片やゴミだったものの一部は【創】の首が回収してアバンダンに奪われないように遠ざけた。
元々あったアルファルドの頭は司令塔の役割を果たしているのか、アバンダンが攻略されていく様をじっと観察しつつ、時折パラスとアイコンタクトをとっている。
俺たちが人間のゴミを処理するために寄せられた回答を使って、アルファルドはたくさんいる怪儡アバンダンを1匹ずつ丁寧に潰していった。
人間が使って捨てていった剣や楯、海岸に流れ着いていた魚網や像も、魔物たちが利用できる資源となるようにリサイクル処理されていった。
単に破壊した部品はアバンダンの体を再生するための新たな材料とされたのが、アルファルドに資源化されたゴミはアバンダンが利用できなくなっていた。
もう2度と利用されることがないという怪物の恨みが宿っていないからだろうか。
圧倒的だ。
これならいけるかもしれない。
アルファルドはディルエットの住民から送られた回答から得られた解決策を精密に実行している。
パラスは教えてもらった知識を即座に正確に理解し、整理した情報をアルファルドに送り続けている。
「1つの頭より2つの頭の方が賢い。昔大切な友達に教えてもらったことわざ。アルファルドには7つあるから、あなたたちじゃ絶対に勝てない」
「……貴様が頭の数を増やすなら、こちらも混じりあってより強大な力を手にするまでのこと」
呪われた道具が集まって共食いを始めた。
大きく鋭い牙を持つものが、小さいものをかみ砕く。
破砕された部品は大きいものに吸収されていく。
そうしてどんどんと巨大になっていく。
対抗してアルファルドより巨大なキメラにでもなろうというのか。
怪儡アバンダンは魔物から魔力を吸収する能力のほかに、復活するための素材さえあれば際限なく再生と合成を繰り替えして強力になる能力も持っているようだ。
成長したうちの1体はもう地下室の天井にまで達している。
合成を阻止するために、パラスはアルファルドに攻撃を命じている。
しかし合成に混ざらなかった怪物たちがその攻撃を阻む。
単純な力比べでアルファルドの敵にはならないが、確実にアレゴリー魔力を消耗させられている。
そうしてアルファルドが足止めされている間に怪物たちはどんどん破壊と合成を重ねる。
破壊した像の体を乗っ取り、頭は獣で体は人間の異様な姿をした個体も現れ始めた。
獣の体を維持しているものは、網を背中に固着させて翼のように広げて感覚共有能力を強化しようとしている。
「このままだとまずいかも……ソロモン、どうすればいい? やっぱり逃げる?」
アルファルドもそろそろ限界みたいだ。
憑依する実体を持たないためか、体の一部が消えかけている。
回答者権限から供給されえるアレゴリー魔力の量が、消費量に間に合っていないようだ。
「たしかにこのまま巨大なキメラに成られると俺たちじゃ太刀打ちできなさそうだな。さすがのアルファルドにも手が付けられなさそうだ」
だが、おかげでいい策を思いついた。
キメラになろうとしている敵の行動を逆に利用させてもらおう。
アルファルドが壊した、怪物の体を構成していた車輪を拾い上げる。
「久しぶりにタロットの寓意術をみせてやろうじゃないか」




