47 魔王の妹、アスファルテ
パラスにイタズラしているその魔物はどことなく、イシュー様に似た雰囲気を醸し出している。
「こんな魔物、私見たことない! この羽すごく不気味でかっこいいね!」
「アスファルテ様、少し落ち着いてください。久しぶりのディルエットで嬉しいのは分かりますが、パラスさんが困っていらっしゃいますよ」
アスファルテと呼ばれた魔物はパラスのところどころ破けている翼をいじっている。
どうやら性格はイシュー様に似ておらず、落ち着きがなく子供のようだ。
「……あんまり触らないで」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから。ね、いいでしょ?」
「パラスの奴いいオモチャにされてんじゃねーか。普段はすましてるからいい気味だぜ」
レイはそう言って茶化しているが、パラスも少しイライラしてきたようだ。
バーリャはどうしていいか分からずオロオロしている。
止めに入ろうか。しかし強力な力を持った魔物だったら、お互いに少し怪我をしてしまうかもしれない。
「アスファルテ、ようやく戻って来たのね! 相変わらず元気そうで安心したわ」
「お姉ちゃん! もう向こうは退屈で仕方なかったんだから! さっそくこの子と遊んでたの!」
お姉ちゃん? ああ、思い出した。
話でしか聞いたことがなかったが、アスファルテはイシュー様の妹だったんだ。
ということは、イシュー様と同じく石を操る魔法を扱えるのだろうか。
「あー、そういえばソロモンは会ったことないんだっけ。この子はアスファルテ。今まではディルエットが危なかったから遠くの領地に避難させてたんだけど、当分は攻めてこないだろうから呼び戻しておこうと思って。みんな、仲良くしてあげてね」
「よろしく、ソロモン! 他の人の名前は?」
「君が翼を弄っていたのがパラス、こっちのリザードマンがレイ、この半竜の子がバーリャだよ」
「なるほどなるほど、みんなよろしくね。じゃあさっそくだけど、友達になってよ!」
「バ、バーリャです。よろしくお願いします」
「レイだ。なんか聞きたいことがあったら俺に聞けよ」
「……そろそろ帰る」
パラスは疲れた表情でどこかへ行ってしまった。
俺たち3人がキアロスクと争っている間もずっと魔石板で質問に目を通していたのだろう。
「あれ? 白い髪のお姉ちゃん怒っちゃった?」
「パラスは多分疲れているだけだよ。でもあんまりイタズラしないであげて。彼女はそういうのにあまり慣れていないんだ」
「分かった!」
多分アスファルテはパラスの気持ちは分からないだろう。
2人が一緒になった時は注意しておこう。
「じゃーん! これお土産に持ってきてあげたから食べてよ! せっかく友達になったんだから遠慮しないで」
アスファルテはそう言って小袋をいくつか取り出した。
バーリャがその中身を見てみると、中にはクッキーに見える食べ物が入っていた。
「気が利くじゃねーか。俺も今日は疲れたからそろそろ帰るからよ、それから食うぜ」
「私もお家に帰って皆と一緒に食べようと思います」
「そっか。じゃあまたね~」
そうしてレイとバーリャはクッキーを受け取って帰っていった。
「じゃあソロモンさん、せっかくだから食べてみてよ」
「ありがとうね。じゃあいただきます……」
この世界でクッキーは初めて見るが、やっぱり自分が知っている食べ物が出てくると嬉しい。
そう思って口に近づけたが、土の臭いが鼻について反射的に口を塞いでしまった。
ああ、そういえばイシュー様が食べていた魔力が込められていた石もストーンチョコと間違えたんだった。
まさかこのクッキーも中身は土でできているんじゃないだろうな。
一口に食べるのはやめておこう。
少しだけ齧ってみる。
すると雑草に近い香りと塩っけが口の中に広がる。
そしてじゃりじゃりとした砂のような食感と粘土を食べているかのような無機質さを味わう。
マズい……少なくとも人間の食べるものではない。いや、魔物ですら選ぶような食べ物だ。
「どう、私の焼いた泥クッキーは! 3日前に焼いたばかりだから新鮮だと思うんだけど?」
「うん、いつものアスファルテの味ね。さすがは私の妹の作ったクッキーよね」
いつの間にかイシュー様もアスファルテの泥クッキーを手に取っていた。
イシュー様は食べ慣れているのか普通に口にして、いつも言っているであろう感想をつぶやいている。
いや、2人はともかく石も泥も口にしない俺にこんなものを勧めないでほしい。
「どうしたのソロモンさん、変なのが入ってた?」
変なのが入っていたどころか、これ自体が食べ物ではないとどうすれば傷つけずに伝えられるだろうか。
言い訳を思いつこうと考えをめぐらせていると、イシュー様がアスファルテに気付かれないようにしながら睨んでくる。
いいからさっさとその1つを食べてしまいなさい――そう言っているかのように泥クッキーと俺の目に視線を交互に送ってくる。
「いや、何でもないよ。これはすごく美味しいね」
お世辞を絞り出してから、残りのクッキーを噛まずに口の中に放り込む。
「目覚めよ、土人形の偶意術」
俺は早口かつ小声で聞こえないように呪文を唱えて、まだ口の中に残っている泥クッキーをタルパ化させた。
クッキーの残りに人工的な意識が宿る。俺はタルパに向かって、小さくいくつかの破片に分かれて静かに口の中に潜んでいるように命令を出している。
そして泥クッキーを味わって食べているかのように口を動かして見せる。
泥クッキーに宿ったタルパは、俺が味を感じ取れないように上手くやり過ごしていてくれている。
「良かった気に入ってもらえて!」
食べられない物についてお世辞を言うのは初めてだ。
人間だった頃は好き嫌いは特にないほうだと自負していたが、今なら付け合わせの野菜を全て残す人の気持ちが分かるような気がする。




