45 エルフの呪い
懐かしい場所に戻って来た。
ここに来たのはアルクァの鎧を作ってもらった時以来だ。
騒動の鍛冶屋には既に人だかりができていた。
「ほらな? 俺の言った通りオーガの連中が集まって来てるぜ。でもなんか今日はあいつら大人しいな」
まだ暴力沙汰にはなっていないらしい。間に合って良かった。
人だかりの中心にはサイラスとエルフと思しき人物が口論している。
エルフは饒舌で、サイラスは押し負けているように見えた。
「この土地はかつてエルフが管理し、大地の精霊と契約して加護を受けていた。それが卑劣な人間どもの手によって焼かれ我々の祖先は故郷を追われることとなったのだ。今こそ魔王様のご慈悲のもと、神聖なる土地は私どもに返還されるべきである」
「何言ってんだ。ここは先代の魔王様が開拓してからずっとあるんだ。お前の土地のはずがないだろう」
「お前が知らなくても無理はない。初代石の魔王様がディルエットを築く前からの話だ。土地を追われる危険を察知した我々の祖先が、再び故郷に戻る際に所有権を証明できるように統治していた事実を石板に刻んでおいたのだ」
そう言ってエルフは手に持っていた石板を高々と掲げて集まって来た魔物たちにも見えるように見せる。
「ここに台地のエルフの子孫である私、キアロスクが契約に基づき約束の地を継承することを宣言する」
ディルエットができる前は、ここにはエルフが住んでいたのか。
「キアロスクさんが言っていることは本当だと思います。台地のエルフについて書かれた本を家で読んだことがあります」
バーリャがエルフについて教えてくれた。
「じゃあ俺はどこへ行けばいいんだ。俺にはここしか住むところがないんだ」
「貴様は知恵の塔を使って私を陥れようとした陰湿で邪悪な魔物だ。ここに集まって来たオーガ達もその投稿を見たから来たのだろう? さっさとディルエットから去るといい。もし命令を無視してここに居座るというのなら、我が先祖のエルフの呪いを受ける覚悟をしておけ」
エルフの呪いという単語を聞いたオーガ達がざわつき始める。
「バーリャ、エルフの呪いってなんなんだ?」
「えーっと確か……本には、眠っている間に体中の皮膚が籾を敷き詰めたように細かくひび割れていって、しばらくすると意識を失って、皮膚から芽が出て樹のようになってしまう呪いだとありました。そのせいで呪いをかけられた人は眠れなくなってしまっておかしくなってしまうそうです。それから」
「あー分かったありがとう。それ以上は言わなくていい。だいたいもう分かってしまったから。というかもう聞きたくない」
想像するだけでゾッとする内容だ。
写真に写っている物体の表面に蓮の種の部分を移植した画像を見せつけるネット上のイタズラを思い出した。
蓮コラに実害はないが、エルフの呪いを受けている方も見ている方もたまったものではないだろう。
「俺はそんなことしていない! 何かの誤解だ!」
「なら証明して見せろ。お前があの投稿で武器を持ってくるように仕向けていないことをな。知恵の塔を管理している者が調べればすぐに分かることだ」
サイラスが手の込んだやり方をしたとは考えにくいが、このエルフの自身から察するにその証拠にすら細工をしていてバレないようにしている可能性がある。
迂闊に突っ込むのはかえってサイラスの立場を悪くするだけか。
もしかしたらあの質問は、キアロスクがサイラスの立場に成りすまして投稿したものだったのか?
わざわざ必須項目ではない本名を書いたのも、エルフを暴力的に追い出すような書き方をしてサイラスに悪い印象を持たせていたのも、後で自分の行為を正当化してエルフの呪いとやらの威迫効果を最大限に引き出すためだったのか。
「キアロスクさんよ。何もそんなに強い言い方しなくてもいいじゃねえか。あんたがここに住みたいのなら他にも未開拓の土地はあるんだから、そこじゃ駄目なのかい?」
オーガの1人がキアロスクに提案を持ちかける。
彼らにとってもサイラスが仕事場を失うのは避けたいはずだ。
しかしキアロスクは冷たくあしらう。
「この契約書に書かれた内容に従えないのなら、エルフの呪いを受けることになるだろう。それでもいいのか? 先に言っておくが、呪いを受けるのはこのサイラスという鍛冶屋だけではないぞ。貴様らの中で私に異を唱える者も含めてだ」
「そこまでするほどのことなのか、キアロスクさん」
「スキタート、エルフの呪いには関わらない方がいい。サイラスには悪いが、ここを退いてもらうしかないようだ」
オーガ達がキアロスクとの交渉を諦めたその時だった。
「気に入らねえんだよなぁ! そうやって捏造して他人を陥れて、大勢で寄ってたかって責め立てるのがよぉ!」
突然レイが叫び声をあげる。
「捏造? 私がこの男になりすまして投稿したというなら、その証拠を出してみろ。証明できないなら貴様もエルフの呪いをその身に受けることになるぞ」
「証拠なんてねえよ! でもなんとなくこのオヤジがエルフを陥れるなんて頭を使うようなことはしないって思ったんだよな」
「証拠もなしにそんなデタラメを言うな! ふざけているのか!」
「だいたい、あんな一方的な意見を書き込まれているのを鵜呑みにする方がどうかしてるだろ。オーガはサイラスが心配でここに来ている奴も多いんじゃねえのか。まともに武装していない奴の方が多いぜ。むしろエルフの呪いを脅しに使ってるお前の方が胡散臭いんだよ」
俺も援護射撃しよう。
サイラスを守らないと。
「確かにこいつはゴーレムやキアロスクのことをいやらしい目でジロジロ見るような奴だが、技術力はあるし根はいいやつなんだ」
俺は人だかりの中からアルクァの方を見る。
アルクァからもサイラスを援護してほしかったからだった。
だがアルクァはどうしていいか分からないといった表情をしている。
「いや、私は男なんだが。そこは勘違いされては困る」
周囲が微妙な空気に包まれて俺の話が途切れる。
オーガ達もこのエルフの性別について雑談を始めだした。
俺の話は入ってこなかっただろう。
やってしまった。
こういうことをするのは本当は苦手なんだよな。
もう俺は余計なことは言わないでおこう。
今はレイが調子づいているから、レイに任せた方が良かったのだ。
「ソロモン、今俺は真面目な話をしてるんだ。あんまり変な空気にするんじゃねえよ」
レイにすら注意される始末だ。
こいつにだけは言われたくなかったが、言われても仕方がないくらい自分が情けなくて話下手なのは事実だ。
俺は口が上手くないから、自分の得意なことでサイラスのためになるようなことをすべきだ。
「悪かったよレイ。ところで提案なんだけど、前世では皆の意見を集めて最も優れた回答を決めるシステムがあったのを思い出したよ。それを知恵の塔の魔力を利用して君の力にできないか試してみたい」
「それ良さそうじゃん。それに、この野郎に一泡吹かせられるっていうなら何でもやってやろうじゃねえか」
レイがなぜこんなにも必死にサイラスを守ろうとしているのかは分からなかったが、困っている人を助けたいという思いは十分すぎるくらいに伝わってきた。
今なら知恵の塔もレイに応えて、新しい力を授けてくれるに違いない。




