40 憎まれっ子、レイ
パラスと別れた後、壁際に人だかりができていて何やら騒がしい。
上の方を見ると、柔軟に体を動かしながら壁を器用に登っていく1人のリザードマンが見えた。
「またレイの奴が店の商品を盗んだらしいな」
「親がいないからって、こう何度も盗まれたらたまったもんじゃない」
市場で見かけた魔物が壁に張り付いているリザードマンに向かって石を投げるが、なんということもなくひょいと躱されてしまう。
「返してもらおうとしても返り討ちにあうしな。誰か引き取ってまともにしてくれねえかな」
レイと呼ばれているお騒がせ者は手癖が悪いが、運動神経や能力は高いようだ。
さっき勧誘したパラスは知恵袋としての能力は高そうだが、レイはまた違った方面での活躍が期待できそうだ。
ここで恩を売っておいて、仕事を教え込んでおくのも悪くない。
それに街の問題も解決しておかないといけない。
「何かお困りでしょうか?」
「あんたは、あの呪術師のソロモンか。ちょうどいいところに来た」
「あいつをちょっと懲らしめてくれないか? 今日という今日はもう容赦しねえ」
「そのことなんですが、今回は見逃してくれませんか?」
「何甘いこと言ってんだ」
「もちろん、彼が盗んだ商品の代金は俺が立て替えますよ。それと、これ以上皆さんに迷惑をかけないようによく言いきかせておきます」
「まあそれならいいが」
「何から何まで悪いな。じゃあ頼んでおくよ」
「キツく言っておいてくれよな」
まだレイは壁によじ登ったままで、俺の方を睨みつけたままだ。
「おーい、そろそろ降りて来いよー。話をしようじゃないか」
よく聞こえるように大きな声で壁の上方にいるレイに向かって話しかける。
「何でお前とお話ししなくちゃいけねえんだよー! だいたい呪術なんて使う意味分かんねえ奴に近づくわけないだろうがー!」
レイは俺のことを警戒しているようだ。
「分かった分かった。じゃあ呪術を使うための武器はしまっておくから、俺と話をしてくれよ。それでいいだろー? お前のために身銭を切ってやったんだから、少しくらいは喋れよー」
俺は手元と足元の魔石板を背中に回して両手を上げて武器を使えないことを示す。
もっとも、盾には敵の攻撃に反射的に防御するように指示を出しているので無抵抗というわけではない。
レイは俺の様子をギョロギョロと確認して危険がないか確認している。
しばらくすると、壁のところどころにある凹凸に手足をかけながら器用に降りてきた。
「改めまして、俺の名前はソロモン。君の名前はレイだね」
「せっかく俺がタダで手に入れたのに、わざわざ金を払って何がしたいんだよ。俺になんか用あんのか?」
そういってポーチの中から赤い果物を取り出して食べ始めた。
「お前の方がおかしいんだよ。お店に売ってるものはきちんとお金を払って買うこと。いいな?」
「金なんて持ってねえよ。最近は人間の略奪者連中もこの街に来ないから稼ぎもねえし。それに直接いただいて行く方が、金を集めて店に払うよりてっとり早いだろ?」
こいつには一般的な道徳が備わっていないようだ。
ここから教えるとなると流石に苦労に見合わないだろうか。
「あんたが金をくれるっていうなら、それはそれで構わないけどな!」
突然、レイが小石と砂が混じったのを投げつけてきた。
壁を下りながら集めていたのか。
少し後ずさりすると、レイは腰から二股になっているソードブレイカーのような短剣を抜いて、俺の方へ飛び込んできた。
しかし、俺の危険を察知したデッドエンドが素早く前に出て防御する。
レイは運動エネルギーを吸収されてデッドエンドに張り付いた状態になる。
「そのまま押し倒して無力化してくれ」
デッドエンドは更に羽根のような部分を展開して大きくなり、レイを抑え込んでいく。
そうしてレイは地面とデッドエンドに挟まれてしまった。
レイのポーチの中にまだ残っていた商品が潰れて地面が汚れている。
「う、動けねえ。クソッ!離せえ!」
俺は剣を鞘ごと抜いて、短剣を握ったままのレイの手を軽く叩く。
レイの手から離れた短剣を回収して話しかける。
「喧嘩をしたいわけじゃないんだ。少し話を聞いてくれないかな」
レイにゴーレム・プログラミングのこと、知恵の塔システムと知恵袋役という仕事のこと、略奪者などとは比べものにならない人間の脅威のこと、色んなことを話した。
デッドエンドで拘束してしまえば抵抗も無意味なので、大人しく聞いていてくれた。
そしてレイが盗みを働くようになったいきさつについても話を聞くことができた。
「俺の両親はこの街の傭兵として戦ったり、近くをうろついている冒険者や街に侵入してくる略奪者に襲い掛かって、その戦利品で暮らしていたらしい。まあ俺が物心ついた頃には死んじまってたんだけどよ」
冒険者や略奪者の話は聞いていたが、確かに俺がこの街に来てからは住民の関心はセレマイア海軍の方へと向いているように思えた。
「俺も同じ事やって何とか生活してたんだが、最近は略奪者の数も少ないし、攻めてきたとしても手ごわい奴らばっかで割に合わねえ。それで食いっぱぐれて、できるだけバレないように商品を盗ってたんだが、さすがに気付かれ始めたんだよ」
傭兵として多く雇われていたオーガらはディルエットでは上手くやっているように見えたが、リザードマンはまた事情が異なるのだろうか。
「そこでもう一度提案するんだけど、レイも知恵袋の仕事をしてみないか? 少なくとも飢えて死ぬことはなくなるから」
「具体的に何するのか分かんねえよ」
「少しずつ俺が教えていってやるよ。それに今度盗みをしたら俺も容赦できないぞ」
「分かったよ。やればいいんだろ? その知恵袋ってやつを」
「分かればよし。レイ、君を歓迎するよ」
「じゃあ早くこの盾をどけろ。それに武器も返せ」
「盾はどけるけど短剣はまだ返さない。またこれで悪さするつもりだろ? 働きぶりを見て返しても問題ないと判断するまでは預かっておきます」
「ぐぬぬ……さっさとグレードアップして返してもらうからな!」
レイに魔石板を渡して最低限お互いに連絡がとれるようにはしておく。
そして、数日分の食料を買うだけのお金を渡した。
レイは居心地が悪いのか、魔石板の使い方をざっくりと聞いてからどこかへ行ってしまった。
レイのことを扱いきれるか不安だが、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
住民から嫌われる存在にするより、慕われる存在になってほしい。




