34 人格管理システム―偶意術(タルパ)
「うわぁ、いきなりなんなんだ! 誰だお前は?!」
「自分でやっておいてその言いぐさはないだろ。俺は……お前から生まれたお前自身だ。たぶんな」
「たぶんって、自分でも分かってないのかよ」
「気が付いたら石人形の中に閉じ込められて、身動き一つとれなかったんだ。でもお前の中から生まれたって記憶と、寓意術ってのを覚えないといけないっていう意識だけはあった。それからは必死に動こうともがいていたんだが、ようやく喋ることができたみたいだな」
驚いた。
最初に発動させようとした分身の寓意術が成功していたなんて。
しかし、俺の意識の中に別人格がいるわけではなくて、ゴーレムの中に俺の意識のコピーが住んでいるような様子だ。
それに自分が何者かは完全に把握しておらず、ただ1つの目的のために行動しようとしているようだ。
「ともかく、俺に任せておけって。自分の分身がやるんだから自身持てよ」
「いや、もうその必要はないんだ。というかお前という存在そのものが寓意術の練習の副産物なんだよ。成功したとは思っていなかった」
「はぁ? せっかく体も動かせるようになったのに用済みってことか?」
「言い方は悪いけど、そういうことだ。おしゃべりしている暇は俺にはないから適当に遊びに行っていいぞ。あ、でも城から出てイタズラとかするなよ」
「それで俺が納得すると思ってるのか! 目的も考えないで生むんじゃねえ! 俺はどうしても寓意術を1つは成功させたいんだ、何かやらせろ!」
俺から生まれたのでこういうのもどうかと思うが、初めてできた分身はやたらとお喋りだな。
だが、せっかく生み出したのに何もやらせないで放置しておくというのも確かに気が引ける。
どういう結果になるのか試してみる価値はあるか。
天秤を石人形の前に置く。
「分かったよ。それじゃお前にこれを任せるとしよう。俺の期待に応えてくれよ」
「そうだ、それでいいんだよ。じゃあ早速始めるぜ」
そう言うと石人形の分身は、腕を伸ばして両手をぱっと開いて前に出した。
「対象を均等に分割するため規矩準縄をこの両手に宿す。アレゴリー抽出、天秤の寓意術、発動」
天秤がカタカタと揺れだし、石人形の両手に白い光が集まっていく。
天秤は開錠の寓意術を使用したときのように壊れることはなかった。
これが道具からアレゴリーを上手に引き出しているということになるのだろうか。
「これくらいでいいかな。じゃあそこの水を2つに分けてみよう」
石人形が甕の中に入っていた水に意識を向ける。
そうすると、中の水が一滴残らず石人形の両手に集まっていき球状に浮かんでいる。
その2つの水球は同じ大きさに見えた。
「これが、天秤の寓意術か。一回で成功させるとは中々やるな」
「あっははは! 見たか俺の実力を! そして喰らえ!」
バシャっと目の前に水の塊が飛んできて散らばった。
急に投げてきたので避ける余裕もなかった。
「うわっ何するんだ! 濡れちゃったじゃないか」
「怒るなって。あまり長い時間水の塊を維持できないって感じたからつい投げちゃっただけだよ」
「だからって俺にかけることないだろ。せめて甕に戻すとか……」
「悪い、今すごく眠くなってきた。ひとまず俺の仕事はこれで終わりだな。ちょっと寝るわ……」
そう言うと石人形は目を閉じて、そのままの姿勢で動かなくなってしまった。
次の瞬間、俺の頭に石人形の短い間の記憶が刻み込まれるような感覚が飛び込んできた。
目覚めて研究室でなんとか動こうとしていたこと、どうにか手を動かせるようになって嬉しかったこと、そして本体である俺と喋ることができたこと、天秤を使って技を成功させないといけないと強く思ったこと、そして無事に技を習得して安心して眠りについたこと。
ドロドロとした感情にまみれていない、短くも爽やかな人生を全うしたような感情にあふれた。
ずっとこんな人生の繰り返しならどんなに気楽で楽しいのだろうとふと思ってしまった。
石人形は、俺の分身はこんな気持ちだったのか。だから俺の分身のくせにあんなに人懐こかったのか。
でも俺にはやるべきことができた。
さっきの分身のような楽しくて儚い一生も魅力的ではあるが、俺は自分の目標を見失わないようにしないといけないな。
この分身を作る寓意術には、特別に名前を付けておこう。
タルパ。それは想像力を使って生み出される人工的な霊魂を作る秘術。
この言葉を聞いたことはあったが、まさか自分で再現してしまうとは思わなかった。
寓意術から派生させた記念に、人形を意味する「偶」の字を当てて偶意術とも呼んでおこう。
さっき石人形のタルパから記憶を受け取った時に、天秤の寓意術を発動させたときの感覚も手に入れていた。
上手く使えば寓意術の経験値稼ぎも効率よく進められそうだ。
もっと持続させたりゴーレムのように作業を手伝わせたりできるように改良していこう。




