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29 寓意術(アレゴリーアーツ)

 知恵フクロウで回答してベストアンサーを貰っていても、本当に誰かのために役に立っているのかは分からなかったが、感謝されることは別に悪い気はしなかった。

 でもそういう行動を続けていくうちに、誰かの役に立つために回答しているんじゃなくて、ベストアンサーを貰うために回答の仕方を工夫するようになってしまっていた。

 それ自体は悪いことじゃないけれども、その一方で俺は自分が成長することよりも誰かの役に立っていることを確認するために、回答し続けていることに気付けなくなっていたのかもれしない。


 偉そうに質問者に説教したりすることもあったけれど、本当は俺自身に向けた言葉だったんだ。

 心の奥底では自覚はしていたが、誰か他の人に言われるのが怖くて無意識のうちに質問者に冷たく当たっていた。


 たとえ間違ったことだったとしても、己の成長の糧になるような選択をするべきだった。

 だが、今まで自分で閉ざしてきてしまっていたんじゃないのか。

 回答ばかりしてあまり質問してこなかったのは、本当は世の中のことをそれほど知らない井の中の蛙(じぶん)が馬鹿にされるのが嫌だったからじゃないのか。

 変なプライドを持って生まれてきたことを心底憎む。


 もっとたくさん質問もしておけば良かった。

 俺の成長のために時間を丁寧に使っておけばよかった。

 

 何が悪知恵袋だ。

 他人のためだと言いつつ、自分が満足したいがために場当たり的に思いついたことをしてきただけじゃないか。

 運良く転生してチャンスも貰えたのに、また俺は自分の内面を磨くことをおろそかにしてしまっている。


 この期に及んで後悔してももう遅いか。

 左手からは血がたくさん噴き出している。


 そうだ、どうせ死ぬなら真っ二つにされるなんてダサい死に方はしたくない。

 徹底的に抵抗して、こいつの邪魔をして死んでやろう。

 もう転生しなくても良いから、最後くらいは格好良く決めてやろう。


「デッドエンド! 破片でもいいから俺の左手に纏わりつけぇ!」


「くどい!」


 さすがにもう間に合わないか。

 前に見たタロットカードの悪魔のイラストを思い出す。

 あの不気味な格好の悪魔みたいに、刃を握っていても怪我しない体だったら良かったのに。 

 見た目を格好良くしてくれなんてお願いより先にしておけば後悔しないで済んだのかな。


 その時だった。

 脳裏に、死んだ直後に見た図書館と魔女のイメージが流れ込んできて、魔女がいきなり話しかけてきた。

 やっぱりあれは走馬燈だったんだな……



「あなた方は、この世界の構造に気付いて神秘の力を引き出し始めています……おや? そこの女性には私の声が届いていないようですね」


「お前は一体誰なんだ? あの時は無視したくせに、いまさら俺みたいな無能に何の用があるっていうんだよ!」


「あなたにも素質があります。まだこの世界にしがみついていく気力があるなら、そろそろ秘められた力に気付いてください」


「俺にはそんなものはない、俺には何もないんだよ、もう休ませてくれ」


「あなたの経験は、確かに真理へ続く道を指し示しています。ヒントを差し上げましょうか。あなたにしか聞こえていないようですし、私共も貴重な機会を逃したくはありません」


 魔女が本棚から一冊の本を取り出して俺に差し出す。

 その本には「寓意術(アレゴリーアーツ)」というタイトルが書かれていた。

 気付くと、俺は魔女からその本を右手で奪い取っていた。



「なんだこれは……お前はまだ何か別の魔法を隠し持っているのか?」


 俺の左手から流れていた血が戦士の剣に纏わりつく。

 血は大きな拳の形に変化して凝固し、それに本物の手のように感覚もあるし動かせるようだ。

 しかも剣にかけられた戦士の力と同じか、それ以上の力が左腕にみなぎっていた。


「刃を握る、悪魔の寓意術(ぐういじゅつ)! 愚かな人間たちを支配するための圧倒的な力を俺に寄越せ!!」


 俺は、自分の血とデッドエンドの破片で形成された腕に力をこめる。


「ぐうぅ! まだこんな力を残していたのか!」


 あれほど脅威に感じた戦士の力が、今の俺にとっては子供に手を繋がれているように思えるほど弱かった。

 なんの苦労もなく、戦士から剣を奪い取る。

 そして、左腕の力だけで剣を思い切り横に振り、その柄の部分を戦士に当てる。

 戦士は勢いよくふっとんでいき、岩壁に貼りつく怪魚の階段を転げ落ちていった。


「よくもシーレーン様を!」


 後ろから別の水兵に切り付けられた。

 重心が左腕に偏っており上手く身を(かわ)すことができず、右肩に剣が食い込んだ。


「がああああっ! い、(いて)えぇぇ!」


 しかし、なぜか剣が深く食い込むことはなかった。

 痛みをこらえるが、今まで感じたことのない憎悪が意識の底から湧き上がってくる。

 俺の人生で、今までこんなに誰かを憎むことがあっただろうか。

 首だけ捻って背後にいる水兵を睨め付ける。


「ぬ、抜けない、このっ!」


 剣が食い込んだ右肩からからも、血が固まってできた腕が形成されるのが感覚で分かった。

 副腕とでも言うのだろうか。

 そんなもの動かしたことはないのに、今まで使ってきたかのように自然にその血塊の腕で右肩の剣を引き抜く。

 強烈な痛みが走るが、不思議とそのことに意識を奪われることはなかった。

 むしろ、この痛みの原因を与えた水兵に対する殺意が溢れて、他には何も考えられない。


「お前に構っている暇はないんだよぉ!」


 右肩の副腕を無茶苦茶に、ただ力に任せて思い切り振る。

 バランスがうまく取れず、剣身の腹の部分を水兵の脇腹に当ててしまうが、威力は十分すぎるほどあった。


 メキィッと音がして、水兵はあまりの痛みに立てなくなったのか倒れこむ。

 おそらく肋骨が折れるくらいの勢いはあったはずだ。

 苦しさでうずくまっている水兵の頭に左腕を振り下ろしてとどめを刺した。

 周りの水兵はゴーレムをやっとのことで抑えているようだが、異形の姿になった俺の方をちらちらと見ている。


 あの戦士はおそらくリーダーだったんだろうか。

 もうイシュー様を襲う余裕のある者はいなかった。

 この突撃に全てを賭けていたようだが、奇襲は失敗している。

 

「何かよく分からないが、よくやったソロモン!」


 イシュー様の体力が回復してきたようだ。

 腰に下げていた袋から白黒の石を手に取って頬張り、周囲の水兵に向かって不敵な笑みを浮かべる。


「よくもやってくれたなセレマイアめ。ソロモン、反撃開始よ」

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