94 不知流
バーリャとパラスは洗脳された住民たちに囲まれ、俺はフードの集団と住民たちに挟まれてしまった。
「ソロモンさん大丈夫ですか!」
「俺のことはいいから!」
タリオンが松明に火を付ける。
いよいよ仕掛けてくるかと思って盾を構えるが、なんとタリオンは松明の火で自分の腕を炙り始めた。
業魔力の気配が一気に強まる。
「火刑ほど鮮やかで迫力のある娯楽はないと思わないか? 俺たちは中身からじっくり炙ってやるのが得意なんでな。さあ、炎上を楽しみにしてる奴らにお前がもだえ苦しむ最高の絵面を見せてやれ!」
タリオンの左腕がどんどん赤くなっていく。
しかし、なぜか全く熱がる様子を見せない。
「そうやって自分を傷付けて楽しいのか?」
「ギャハハハハ! 俺が俺を傷付ける? 俺は神使様の加護を受けているからこんな火なんともねえんだよ! それより自分の心配をしたらどうだ?」
そう言われると同時に、喉の奥から熱気が込みあがってきて思わずせき込む。
「ゴホッ、なんなんだこれ。体が……熱い!」
熱された石を呑み込んでいるかのようだ。
喉のあたりを押さえてみるが触った感じでは何も異常は感じられなかった。
理屈は分からないが魔石板の防御壁をすり抜けて攻撃されている。
体の内側から業魔力に身を焼かれている。
「……ソロモンの体の中から業魔力が溢れてる……水槍!」
パラスが呪文を唱えて水を纏った棒をいくつか投げてくれるが、体から漏れ出た業魔法の炎で蒸発して消えてしまった。
だんだんとムカムカとする感情が湧き上がってくる。
もしかしたら洗脳された住民たちにかけられているものをより強力にしたのが俺にかけられた業魔法なのかもしれない。
「ぐううぅ……」
「もっと苦しむ声を聞かせてやれよ! お前の言い訳をしてみろよ! せっかく火をつけてやったのにだんまりだとつまらねえだろうが!」
なぜ防御壁をすり抜けて内側から攻撃されているのか。
俺の中にある魔力を業魔力に変換していく術だとすれば、このままじっとしているだけだとどんどん不利になってしまう。
「パラス、余計なことはしなくていい。俺は大丈夫だから」
体の中にある魔力の流れに意識を集中させる。
心頭滅却すれば火もまた涼しだ。
体の中の魔力を体内から追い出し絞り出すようにして外へ排出する。
魔力が業魔力に勝手に変換されるの現象が止まった。
業魔法に焼かれることはなくなったが、ライフ以外の魔力が尽きかけてしまい反撃するだけの余力はない。
「へえ、こいつ気づきやがった。魔王クラスでもないのに魔力操作には慣れてるなんて珍しい魔物だな」
タリオンが直接とどめを刺そうと火のついたままの松明をかかげながらにじり寄ってくる。
松明かと思っていた棒の火のついていない側の先端はメイスのような形状になっていた。
「持っている魔力を吐き出すのは正解だが、そんな弱りきった体じゃ俺の攻撃には耐えられねえな!」
体の中に魔力は残っていないから自分の腕力で盾を支えないといけない。
だがどれだけ耐えられるだろうか。
「そうら!」
ガンッと鈍い音がして盾を弾き飛ばされてしまった。
やっぱり無理があったか。
拾って構え直そうとしている間にタリオンは火のついたメイスをもう1度振りかざした。
諦めてライフで体力を肩代わりしようと覚悟を決めていたその時だった。
頭上から誰かが降ってきて俺とタリオンの間に割って入ってきた。
その見覚えのあるリザードマンは変わった飾りをした太刀を持っていた。
「レイなのか?」
「レイ! もう帰ってこないかと思ってた」
「ホントお前ら無様な格好だな。ま、俺がちゃちゃっと助けてやるからそこで黙って見てな」
そう言うとレイは低い姿勢で脇構えになってフードの集団を睨みつける。
鞘に収まったままの太刀の先端が地面に付いた異様な構え方をしている。
「タリオン隊長新手です」
「どこから入ってきたのか。まあいい、どうやらこいつの知り合いみたいだな。洗脳は構わん、焼き殺せ」
タリオンの命令を受けて火を放とうとした業魔法師に一瞬で距離を詰めて一太刀浴びせて吹き飛ばす。
体は斬れていないようだが、襲われた業魔法師は地に伏せてピクリとも動かない。
タリオンを含めた他の3人の業魔法師は唖然としている。
「不知流、加減知らず。戦う気あんのか? まるで止まってるみたいだぜ」
「こいつ、速すぎる!」
「何が起こったんだ?! また我々の知らない新しい魔法か?」
レイはいつの間にか半端に抜かれていた刀身を鞘に納める。
そしてまた太刀の先端を地面につける。
「魔法は使ってねえぞ。術に頼ってばっかの奴が俺の速さに追いつけるわけがねえ。分からないうちに皆殺しにしてやるのが俺のやり方だ!」
「この、魔物の分際で……」
凄まじい音がしたかと思うと、さっきまで呪文を唱えようとしていた業魔法師の頭が地面に埋まっていてレイの刀が脳天を直撃していた。
フードの頭上からレイの刀が目にも留まらぬ速さで振り下ろされたのだろう。
この驚異の瞬発力と威力は、刀の特殊な機構とレイの独特な構え、そして持ち前の身体能力の高さにあるようだ。
「不知流、身の丈知らず。そうやって地面に埋まって反省しときな!」
「ひいっ!!」
レイに恐れをなした3人目の業魔法師が魔物をかき分けて逃げ出すが、動かないゴーレムの間を抜けようとしたところで足が空中で空回りする。
停止させられていたはずのゴーレムが急に動いて業魔法師の上半身を確保していた。
「離せ、離せよ!」
そのままゴーレムに鯖折りされて動きが止まった。
「やれやれ、まんまと騙されたわ」
「イシュー様!」
街の門の方角からイシュー様が何体かゴーレムを引き連れてやってきた。
ゴーレム造りで籠っていると思っていたのは見当違いだったようだ。
「ソロモンも帰っていたのか」
「イシュー様、セレマイアからの刺客です。街が滅茶苦茶にされてますよ」
「分かってる。壁の外に炎の壁が立っているという通報を受けて対処していたの。幻影であそこまで再現するとは思わなかったわ」
イシュー様は炎の壁の幻影でディルエットの外に誘導されていたようだった。
レイは不知流という未知の流派を使って赤い蜥蜴の怪物エイムを倒していくが、リーダーであるタリオンに中々攻撃が当たらず手間取っているようだった。
タリオンの周囲は歪んで見える。
また別の焱属性の業魔法を使ってレイの攻撃を躱しているようだ。
「待てやゴラァ!」
「馬鹿共が! もうこの街は終わってんだよ。さて、俺が逃げるためにお前らが一生懸命投げたスライムボールにも仕事してもらおうか!」
タリオンの乗っている怪蜴エイムが口から火を撒き散らすと、洗脳された魔物が街中に投げていたスライムボールに次々に着火していく。
そしてスライムボールが付着していた箇所の火の勢いはどんどん増していく。
嫌がらせのためじゃなくて、最初からこれが目的でスライムボールを配って回っていたのか。
「レイ、追わなくていい。それより火をどうにかしよう」
「チッ、しゃあねえ」
業魔法師と怪物たちは倒したが魔物たちの洗脳は解けていなかった。
まだ同じセリフを叫びながら可燃性のスライムボールをいたるところに投げている。
「おいこのままじゃ埒が明かねえ。全員失神させちまうぞ」
「そんな乱暴なことしないで!」
バーリャがレイが構えた刀を掴む。
「じゃあどうすんだよ。このまま黙って好き放題させておけっていうのか?」
「下がって。彼らは僕らが説得する」
振り返ると、半竜の青年ナハトが正気を保っている魔物たちを引き連れてきていた。




