95 歌うゴーレム
ナハトたちが俺の味方をしていると分かった途端、住民たちの怒りはヒートアップしていった。
「今まで何をされてきたのか分かっているのか。ゴーレムに仕事を奪われてもいいのか!」
興奮している住民たちを前にナハトは落ち着いた様子で話し始める。
「聞いてほしい。僕らはゴーレムとあの塔に救われたんだ」
「意味が分からん。どういうことだ、説明しろ」
「どうせ俺たちを言いくるめるように魔王様に雇われたんだろ」
ナハトは首を横に振る。
「ここに来たのは僕らの意思だ。誰かに依頼されて説得しにきたわけじゃない。魔王様の塔のおかげで僕は生きがいを持つことを許された。そして生きたい理由を見つけられた」
「生きがいだって?」
「何を言い出すかと思えば。生きがいだけで飯食っていけるわけないんだ。趣味なら仕事の他で済ませばいいだろう」
「嫌々やっていることだったら改善しようとか工夫しようとか思わずに、なるべく自分が責任を取らない方法で怠けることしか考えないようになっていたと思う。でも僕は塔での出会いを通じて自分の趣味を捨てずに済んだ、嫌いにならずに済んだんだ。趣味から学んだ大切なことは将来のことや仕事にだって活かしていく。趣味に報いるために、仕事だって私欲のために手を抜いたりせずに全力で取り組むつもりだ」
ナハトが知恵袋役になってから、彼のジオラマ作製から得てきた生活に役立つ情報に多くの魔物が助けられてきた。
その結果、彼の趣味を気味悪がっていた者も段々と理解を示していき、悪く言う者は少なくなっていったそうだ。
「ディルエットの発展に必要なのは全ての魔物が生きたい理由を持てることだと僕は思う。そのために生きがいは必要で、その生きがいを支えてくれるのがゴーレムと塔の技術だ。新しい発想を持てる環境があれば今の仕事を失うことを極端に恐れることもないだろうね」
「それはそうだとしても、いきなり仕事を失うのは誰だって嫌だと思うものだ。誰も助けてくれない、自己責任の世界で甘い考えは通用しないぞ」
「だったらその不安を解消するための事業を皆で考えて魔王様に提案してみようよ。ゴーレムや魔石板の技術が発達してきてできることが多くなってきた今、僕らが挑戦することを恐れていたら勿体ないよ。きっとまだ新しく考える余地はあるはずだ」
「若いのばっかり喋りおって、ワシが話すことがなくなるだろうが」
ナハトが熱心に喋っていると、後ろから目つきの悪いゴブリンの爺さんが前に出てきた。
「ワシは仕事で体を壊して年のせいで目も悪くなっていたから隠居していたが、今は楽しく生活できとる。それは塔でこの半竜の若造に鉢木というのを教えてもらったからじゃ」
ナハトが連れてきた中では最年長の魔物のようだ。
年長の魔物がナハトの肩を持っているためかゴーレム反対派は驚いている。
ゴブリンの爺さんに目を向けられた反対派の住人がようやく話し始める。
「実は俺も最近体のあちこちにガタがき始めたからゴーレムの存在はありがたいと思ってたんだ」
「そうじゃろ? だったら反対する理由なんてないじゃろ! ワシに正直に言ってみぃ」
「ゴーレムが仕事を手伝ってくれるようになって不安に思う魔物が増えてきたから、俺もなんとなく反対してみようかなって。それに新しいやり方を始めると反発もあるしさ」
弱気になっている魔物の体から業魔力の反応が薄まっていく。
どうやらナハトたちの説得が効いてタリオンたちがかけた業魔法が解け始めているようだ。
「職場の悩みを相談してみたんだけど、同じことで悩んでいた奴がゴーレムの活用の仕方を教えてくれたんだ。塔がなかったら未だに悩みっぱなしだったかも」
「家族には聞きづらいことがあったけど、塔に相談して解決できたの」
「ゴーレムに偏見を持っていたのかもしれんな」
「ゴーレムのことあんまり詳しくないから、煽られて不安になりすぎていただけかもしれない」
「俺も自分の仕事をもう少し好きになるようにしてみようかな」
住民の心の中でくすぶっていた業魔力の炎がゴーレムに対する不信感を食らえなくなって完全に消えてしまった。
俯いている住民たちに向けて、レイが空の桶をいくつか投げてよこしてきた。
「ほら仲良く喋ってる暇なんてねえぞ。納得したんなら火を消すのを手伝えよな。ゴーレムと怪魚が先に消火を始めているから、俺たちは俺たちにできることをやっていこうぜ」
街のあちこちでゴーレムと怪魚がそれぞれの得意な方法で消火活動にあたっていた。
ゴーレムは火の中で燃え続けているスライムボールを飲み込んでいる。
怪魚たちはヨルノンさんの指揮で、大きく燃え上がっている個所に一斉に水鉄砲を吐いて消そうとしている。
「どこからでもいいから水を汲んできて、スライムが取り除かれた火元にぶっかけていけ。もしまだスライムがあるならゴーレムを呼べ。そうじゃないといくら水をかけても燃え続けるからな」
◇
街の中の火が完全に消えたのを確認し終わったころには日が暮れてかけていた。
疲れ切った住民が座り込んでいる場所に楽器を持ったハーピーがゴーレムを連れてやってきた。
「魔王様、事件は解決したことですし、せっかくですからこのゴーレムを動かしていいですか? 皆に歌を聴いてもらって気持ちを落ち着かせてもらいたいのです」
「それはいいわね。いや、うーん、ちょっと待って」
イシュー様がゴーレムを起動させるかどうか悩んでいる。
ハーピーが連れてきた人間に似ている姿をしたゴーレムについて聞いてみる。
「イシュー様、あれは何をするゴーレムなんですか?」
「歌を歌うゴーレムよ。ハーピーに伝わる独特な発声法を後世に残したいってお願いされて造ったの。でも今ゴーレムを動かすと不安を煽りそうだから迷ってて」
そう言って住民の方を見る。
確かに今ゴーレムに新しい仕事をさせるのはリスクがあるかもしれない。
「業魔力の反応は消えているのは確認しています。もし住民に掛けられた呪いが再発する恐れがあるなら、ここで炙り出してしまったほうが安全なのではないでしょうか」
「そうね。やっぱりやるしかないかー。じゃあ住民が暴れ出したらレイと一緒に抑えてくれる?」
「了解です」
一緒にイシュー様の指示を聞いていたレイが耳打ちしてきた。
「おいソロモン、今は住民を刺激しないほうがいいんじゃねえか?」
不安はあるが俺にはこの試みが成功するという自信があった。
前世でも似たようなコンテンツが辿ってきた歴史を知っているからだ。
「いや、心配しなくていい。むしろ今このゴーレムに歌ってもらう方がいい」
「やけに自信があるみたいだが大丈夫かよ。どうなっても知らねえぞ」
ライブの準備を終えたハーピーと歌うゴーレムが荷車の上に立つと、住民たちが一斉に注目した。
「皆さん良かったら聴いてください。今から天頂説を基にした歌をこの子に歌ってもらいます」
ゴーレムが胸に手を当てて歌い始める。
時折石が擦れあうような独特な音が歌声の中に混じる。
仕組みは分からないが、人間のように合間に息継ぎもしている。
不自然な部分が目立つためか感情を込めて歌っているように聞こえない時もあるが、感情を持たないはずのゴーレムがハーピーの声を真似ようと必死に歌っている健気な姿に込み上げるものがあった。
ゴーレムの歌を聞いて耳を塞いで立ち去っていく者もいたが、ゴーレムがどれくらい歌えるのか興味津々なのか、立ち止まって静かに聞いている魔物は少なくなかった。
ゴーレムが歌い終わると、観客から拍手がまばらに聞こえてきた。
「ハハハッ! 心配して損したぜ。ゴーレムが俺たちより歌うのが上手くなるのは100年くらい早いみたいだな!」
「でも私、この石が震えてるような歌声結構好きかも」
「俺も一緒に歌っていいか? お前らも楽器持って来いよ!」
「調整次第でもっとゴーレムっぽさをいくらか消せそうだと思う。なあ、俺にもこのゴーレムの調整の仕方を教えてくれないか?」
歌うゴーレムの周りに魔物が集まってきて、一緒に歌ったり楽器を持ってきて演奏し始めた。
レイが深いため息を吐く。
「なんだ、取越し苦労だったってことかよ」
「そんなこと言ってレイも気になるんだろ? バーリャとパラスはもう混ざってるよ。行って来たら?」
「うっせーな、気にならねえよ。それに俺は歌うのが得意じゃないから行かないほうがいいんだよ」
「じゃあさ、今度あのハーピーに教えてもらいなよ。自分が好きな歌を歌えるようになったら楽しいもんだぞ」
「……気が向いたらな。仕事も忙しいからディルエットに寄れないことも多いし」
レイに向かって桶をパスする。
「なんだ? これは俺のもんじゃねえぞ」
「空の桶を頭に被って練習すると上手くなりやすいらしいぞ。それ借りておいて教えてもらう前にちょっと練習しておけよ」
レイはフンと鼻で笑って背を向け、桶を半分頭に被って帰って行った。
遠くにいるヨルノンさんが、引き連れていた怪魚に研究所に帰るように命令してから俺の方へ近づいてきた。
「ソロモンさんお疲れさまでした。それにまた新しい怪物を捕獲できましたね」
「ありがとうございます。ですがタリオンを取り逃がしたのは惜しかったです」
「そのことなんですが、実はアスファルテ様に後を追ってもらっているので大丈夫ですよ」
「え、1人で行かせて大丈夫なんですか?」
「安心してください、アスファルテ様ならあの程度の敵を倒す力は持っていますよ♪」
なぜヨルノンさんが自信たっぷりなのかは分からないが信じることにした。
俺の知らない間にアスファルテも成長したんだろうか。




