9話 八重の菊と正義の鋼
暗く黒い空間、もう見るだけで嫌な気分になる。
俺は白鳥と華希と三人で放課後、国裏政権協会の第三カウンターへ足を運んでいた。
「ここが国裏政権協会?暗いところね」
「そうだろ、鬱陶しいだろ」
「ん~?鬱陶しいとまでは行かないかしらね」
華希に同意を求め声をかけるが、俺の気持ちは伝わらなかったらしい。
そんな憂鬱な会話をしていた俺たちとは相反して楽しそうに体を揺らして歩く白鳥。
「にぇえにぇえ、見てこれ。このクマの編みぐるみストラップ。この、やる気のない死んだ魚の様な目なのに謎の威圧感が漂ってる感じ皇くんにそっくりじゃない。髪型とかも」
「え!なにこれ、そっくり。私も欲しい!どこで売ってたの?」
「ふっふっふっ、そう言われると思って宮ちゃんの分も買っといたよ。ほら!」
白鳥は制服の胸ポケットからもう一つ同じものを取り出す。
「わー有難う。後で代金払うわね」
頭を華希の胴に押し当て体ごと密着する白鳥。そして、その頭をペットの様になでる華希。
「華希、白鳥は敵なんじゃなかったのか」
「あ!そうだったわ」
華希が白鳥を突き放す。
「おい華希、愛してるぜ。だからもっと俺と仲良くしてくれ!」
「おいこら白鳥、調子のってんじゃねぇぞ」
白鳥がクマのストラップに声を当てて俺を演じる。
男声が意外と上手くて腹が立つ。
「これは没収だ」
俺は横から白鳥のクマを奪い取る。
「あぁぁ皇くんがぁぁぁ」
白鳥は必死に手を伸ばし上に掲げられたクマを取ろうとするが、身長差のある俺から奪い取れる訳がない。
「もう、何やってるのよ。私、会員登録してくるからちょっと待ってて」
いつもなら「何してるのよ!」と割って入って来そうだが、今日は機嫌がいいのか全く突っかかってこない。
「皇くん~返してよぉぉぉ」
白鳥はぴょんぴょん跳ねてクマを救出しようとするが全然手は届いていない。
白鳥からクマを奪うのが余裕すぎて逆に辛くなる。注意力が散漫しすぎだ。もっと集中してほしい。
「こら!何やってるんだ!」
突然の大声に俺と白鳥は動きを止められる。
謎の男女二人が俺たち方へ歩いてくるのが見えた。
「おい!お前、皇終夜だな。嫌がってるじゃないか返してあげたらどうだ?」
「ん?誰だお前。関係ないだろ面倒くせぇな関わってくんな」
学生だが制服から見るに俺らの学校とは別だと分かる。
「俺は、白銀刃お前と同じように役員を目指す、お前の高校の兄弟校に当たる高校に所属する三年だ。お前の所の高校には、生徒会長である俺はよく足を運ばせてもらっている。今回、二年の林間学習は合同だという話は聞いているだろ」
「おい白鳥、うちの学校とコイツの学校が何で合同で行事をするんだよ。てか林間学習っていつだ」
「私も良く分かんないけど昔は同じ高校だったらしいよ。だいぶ昔、人が多すぎて二つに分かれたとか。うちの学校私立校だしね。後、林間学習は五月だよ。今が四月の真ん中だから四週間後くらいかな」
刃の鋭く突き刺さるような視線を放つ目からは同時に偉大な正義感が伝わって来た。背景に『真面目』の大文字が見える様な、そんな堅物オーラが漂っている。
「そんなことじゃない。皇、何だあの初戦は降伏する対戦相手を血だらけにする不当な行為、それに今の女子生徒をいたぶる行動。見過ごせんぞ」
「違うの。あの時、皇くんは全部、私の為に――」
白鳥は誠心誠意否定の意思を示す。コイツからは人生を精一杯生きている、という感じが馴染み出ている。
それを俺は少しだけだが羨ましく思う。俺もこんな風に生きれればもう少し楽しい人生が歩めたのだろうか。
「まあ待て白鳥、どんな背景があろうと、このつり目、眼鏡の言う事は間違っちゃいない。言い訳してもこの手の奴はどうせ聞く耳を持たないはずだ。このまま、ずるずる言い続けられるのも面倒だしハッキリさせようじゃねえか。俺は人の言う事を聞くつもりはない。好きなようにするだけだ」
「まぁまぁ、二人共そんなに睨み合わないで、白銀先輩、もしかしたらこの二人はそういう、攻めと受けがハキハキした関係かもしれないじゃないですか。趣味は人それぞれですから決めつけはどうかと」
刃の隣にいた、髪の毛が跳ねまくった眠そうな表情をする女子生徒が口を開いた。この的の斜め上を狙って放たれたような言葉は俺たちの緊迫した空気をぶち壊す。
これは白鳥とはまた違った天敵だ。俺の危険探知機が脳にそう伝える。
「こらマツリ、変なこと言わなくていい。大人しくしていてくれ」
「はーい」
あの白鳥が無茶苦茶さで顔を引きつらせている。これが天然か。
「注意しても聞かないというのなら公式試合を申しだす。第一試験、ダブルスで俺たちと戦え。そして負けたら俺の言う通りにする。どうだ」
「良いだろう。所詮人間、昔から争いごとでしか解決できない生き物だ。俺が勝ってお前を黙らせる。勿論、俺が勝ったらお前も言うこと聞くんだろうな」
「ああ、聞いてやる。勝つのは俺たちだ」
「勝った方は負けた方に何でも言う事きかせるだな。俺は今日、戦うことができねぇから。試合は二週間後でいいか」
「構わん。二週間それまで首を洗って待っておくんだな悪党」
刃はそれを言い残し試験場の方へ歩み始める。
「あ、まって先輩。そういえば言ってなかった、私は輝山茉莉、マツリって気安く読んでね。林間学習、楽しみにしてるねぇ~」
マツリは刃の後を追うように歩く。
最後まで彼女の発言は的外れだった。林間学習ってことは刃とは違く二年なのか。
「大丈夫?皇くん。すっごく強そうだったけど」
「安心しろ。うち百合姫は強いから」
「ねぇ、なにか揉めてたようだけど私がいない間に何があったの?」
華希が協会の端末を右手に掴み、俺達の方へ歩いてきた。
「いや、特に問題はない」
「そう。それならいいんだけど」
「そうだ、終夜。第一試験のシングル戦ってどこで受付するの?」
「ん、えっと、そこの入り口あるだろ。そこを真っ直ぐ行くと受付があるから、そこで頼めば対戦を組んでくれる」
「分かったわ。有難う」
「華希、もう試験に挑むのか?お前が素でもそこそこ強いことは知っているが流石に能力者同士の戦いは、まだ早いんじゃないか?ここの試験は観客として他の奴らの試合を見ることもできる。情報さえあればお前もいい戦いができると思うが」
「それもそうね。分かった。今日から頑張るつもりだったけど終夜の言う通り観戦から入ることにするわ」
華希がそう決意したと同時に白鳥が動き出す。
「じゃあ。観客席に行こ~」
「あ、私、飲み物買ってきていいかしら?」
「いいよ。自動販売機はそこの角曲がった先のタバコ吸うとこの近くにあるよ」
「喫煙所な」
白鳥がレトロタウン行きの入り口、近くの曲がり角を指さす。
「分かった。先行っといて後で連絡するから」
華希は背を向け右手を小さく振って別れを示した。
「先行っとくか白鳥」
「そうだね皇くん」
俺は一度、華希の方向を見直した。
白鳥は早々と観客席入り口方面へと駆けて行く。
俺はそんな白鳥を遠目で見つつ、ゆっくりと後について行くのだった。
大きな試験場の周りを埋め尽くす大量の観客席。一つ一つの椅子の品質は良く、映画館の椅子の様だ。俺は多くの人の足元を避け、白鳥との距離を縫って行く。
「皇くん、三つ並んで空いてるとこ見つけたよ」
白鳥が先に三つの中の中心に座った。そして俺から見て奥の席に荷物を置いた。
「ほらほら、皇くん観客になるの初めてだよね。ここの椅子すっごいフカフカなんだよ」
白鳥が座ったままビョンビョン跳ねる。胸が全く揺れ動かないことを大変可哀そうに思う。
「うお、本当にフカフカだな」
「でしょでしょ。家に持って帰えりたいよぉ~」
「貧乏性が出てるぞ白鳥」
「うるさいよ!そう言えばさ。宮ちゃんが言ってた、皇くんが変わったって奴は本当なの?」
終盤に差し掛かる試合を眺めながら、白鳥の言ったことを考える。仮に「本当だ」なんて答えてしまうと、白鳥は調子に乗って、煩さに拍車がかかることだろう。
「あ?何の話だ?」
「お!惚けるってことは、そうってことでいいのかな?」
安易に否定しても問い詰めら続け苦労すると計ったが、どの道、俺に残された道はなかったようだ。出来レース。
「てことは、私の目的は着々と遂行されているのかな?ほら、皇くんを明るくする計画」
そこまで明確な計画が立てられていたとわ。確かに俺の今の状況は白鳥の思うつぼみたいな気がしてきた。癪に障る。
俺たちがギャラリーに入って来た時、既に試合は始まっていた。それが終幕を迎え、会場のセットアップが施される。
本格的に俺達が感染するのは次の試合からになるだろう。
「変化って話だと、華希の方が大きいぞ」
「宮ちゃん?」
「ああ、アイツは、ずっと友達が出来なくて悩んでたんだ」
「宮ちゃんが⁉」
白鳥が驚くのも可笑しな話ではない。華希といえば学校の人気者で群衆の上に立つような存在だ。その華希の悩みが『友達がいない』なんて誰も考えたことがないはずだ。
「華希と仲良くする奴らは、いっぱいいるんだがな。華希の友達の基準が高すぎるんだよ。その基準を超える奴は、なかなかいない。お前は、それを越えたんだ」
曜子や美幸が一年かけて築いた華希との関係を白鳥は一日もたたずに超えていった。本当に人のパーソナルスペースに入るのが上手い奴だ。
「でも、それなら皇くんも、そのハードル越えたことになるよね」
照れくさそうに、誤魔化すように白鳥は言う。
「俺の場合は特別だったんだよ。ある事件に巻き込まれてな。色々ぶっ飛んでた。それに第一、互い同士、会う事がイレギュラーだったんだ」
「う~ん、よく分かんないね」
「それでいいよ」
そんな話をしているうちに、会場の準備は整っていく。
「あ!皇くん。ほら司会の満ちるんが出て来たよ。試合が始まっちゃう」
派手に輝く金髪が試験場の宙をYFOで舞う。
「さぁー!始まります!第一試験シングル戦。今回は有名なアマイマスクを持ったあの男が出てきますよぉ~」
満ちるの一言で会場が騒めきだす。辺り一面から非難の声が上がった。白鳥の時のブーイングと良い勝負だ。
「おい白鳥、何なんだ?あの男ってのは」
俺が声を掛けた白鳥の顔が左側に吊り上がり、あからさまに嫌という感情が表に出ていた。
「クソ野郎のことだよ」
白鳥が怒り気味に言うが全然答えになっていない。
「ハッキリ言えよ」
「アイツは新人を中心的に狙い撃ちし続けるんだよ。しかも女の子だけ」
「そんな奴がいるのか。てか華希遅くないか?」
「確かに飲み物を買うだけなのに遅すぎるね。端末の方に連絡も見られないし」
「さぁ準備が整いました。第一コーナ、アマイマスクを罠に数々の人を苦しめた。第一試験リーチに限りなく近いベテラン。涼宮秀太ぁぁぁぁ!」
高らかに笑みを浮かべ、ブーイングをバックに秀太は入場した。まるで彼の耳にはこの大量のブーイングが歓声に聞こえるかのようだ。
「あー始まっちゃった。宮ちゃん、どこぉー」
「第二コーナー、今日協会に登録したばかりのルキーベイべェ。受付担当によれば、あの殺人兵器、皇終夜の知り合いだとか。これは期待できるぞぉー。宮園華希~」
「何やってんだアイツ......」
「ちょッ、宮ちゃん!あ~宮ちゃんがぁ、よりにもよってあのクソ野郎と戦うことになるなんて」
白鳥が勢いよく立ち上がる。
「何なんだよさっきから。イライラしやがって。もしかしてお前も奴に引っ掛けられたのか?」
「いや、私が初心者の時は恩人が一緒にいてくれたから回避したよ。でも私アイツのやり方大っ嫌いなんだ。頑張ろうとしてる女の子の出鼻をくじくような真似」
白鳥の目は本気だ。腕が力んで震えている。
「安心しろ。華希はそんなに軟じゃない。俺は一度止めたが戦うこと自体はそんなに心配はしてねぇぞ」
「甘いよ!皇くんはクソ野郎を舐めすぎなんだよ。初心者特効だよあれは、初心者が勝てるビジョンが見えないもん」
白鳥は全く聞く耳を持とうとしない。
俺は立ち上がった白鳥の肩を掴み強制的に椅子に座らせる。
「舐めてるのはお前の方だぞ白鳥。華希は優秀な努力家で負けず嫌いだ、それに理解力と応用力に長けている。俺はアイツが負ける姿の方が見えない」
白鳥は目を閉じて両手の手の平を合わせ、神頼みの素振りを見せる。
フィールドに華希の姿が見えた瞬間、観客席では既に慰めの声が湧き始めた。
華希は天才だ。俺と違い元から天性のセンスがある。
それに、アイツの執着心は俺が一番理解している。華希は本気だろう姉妹の事もあるしな。なんやかんや言って俺は華希の事をかなり高く評価している。華希は勝つ。