相性の検査
カイルが八歳の春を迎えた日、母のエレナから、精霊との相性を正式に調べる日が来たと告げられた。
朝食を終えたところで、母は食器を片付ける手を止め、卓上に置いていた案内状をカイルの前へ滑らせた。厚手の紙には町の精霊塔を示す印が押されている。指定された日時と受付番号、その下に小さな文字で注意事項が並んでいた。
「今日の午前中に行くよ。前に家でやった簡単な検査とは違って、正式な記録を残すための儀式だからね。保護者が同伴する決まりになっているし、お父さんも仕事を少し抜けてくれるそうよ」
「父さんも来るの?」
「来るぞ。お前の相性が分かる日なんだから、俺だって見たい」
工房へ出かける準備をしていたグレンが、上着の襟を整えながら答えた。普段の作業着ではなく、少しばかりまともな服を着ている。ただ、腰の革袋にはいつもの工具が入っていたし、指先には金属粉が残っていた。
「その格好で精霊塔に行くの?」
「服は着替えた。手の汚れは仕事をしてりゃ付くもんだ。お前、父さんが手を洗わずに飯を食ってると思ってんのか?」
「そこまでは言ってないじゃん」
「ならいい」
グレンは満足そうに頷いたが、エレナが彼の袖を見ていることに気づくと、何も指図されぬうちに手首を引っ込めた。袖口には小さな油染みが残っている。
「あなた、玄関に行く前にもう一度確認してね」
「……分かったよ」
カイルは小さく苦笑しながら、自分の上着を取りに行った。
八歳になっても、精霊が何なのかという根本的な疑問は解けていない。
日常で使われる魔法は覚えたし、精霊に関する一般的な知識も増えた。それでも、仕組みの話になると、知っていることと分かっていることの間に妙な隔たりがあった。
五歳の頃に診療所で受けた簡易検査では水の石がよく反応し、最後には透明な石で妙な光が走った。
相性は、子供のうちは環境によって過ぎに変わるものらしい・
今度の検査では、何が分かるのだろう。
アーデン家を出ると、朝の町はすでに活気づいていた。商店の軒先では店主たちが品物を並べ、荷車が石畳の上を軋ませながら通り過ぎる。精霊塔は町の中央にある。
カイルは何度も近くを通っていたが、こうして両親と並んで正面へ向かうと、その大きさが改めて目に入った。淡い灰色の石材を積み上げた塔は周囲の建物よりも圧倒的に高く、上部には細い金属の輪がいくつも取り付けられている。外壁に沿って刻まれた溝には、魔法を使ったときだけ淡く光る細い線が走っていた。
塔の足元には管理施設や記録所が集まっている。今日は子供を連れた家族の姿が目立った。
「相性確認って、みんなこの時期にやるの?」
カイルが尋ねると、エレナは頷いた。
「だいたい八歳前後で受ける子が多いね。早いうちから適性を知っておけば、将来の選択の参考になるから。もちろん、相性だけで人生が決まるわけではないよ」
「でも、相性が良かったら魔法を使いやすいんだろ?」
「使いやすくなる可能性は高いね。精霊の反応が得やすいし、詠唱も安定させやすい。ただ、得意な状態と実際にどう動けるかは別の話だよ」
グレンが横から口を挟んだ。
「道具と同じだ。手に馴染む工具があっても、扱い方を知らなきゃ役には立たねえ。相性がいいのは、きっかけを掴むときに助かるってだけだ」
受付を済ませて待合室へ向かい、しばらくして職員に呼ばれた三人は、薄暗い奥の部屋へ通された。
中央の円形の台座には六つの異なる色の石が埋め込まれている。担当の女性職員は、カイルに手順を説明した。
「では、始めよう。指示された場所に手を置いて、こちらの詠唱が終わるまで動かずにいてくれればいい」
彼女が一定の速度で詠唱を始めると、まず赤い石(火)が淡く光った。続いて青い石(水)が中程度の安定した光を放つ。風の石は小さく明滅しただけで終わった。
そして――土の石が反応した瞬間、空気がわずかに重くなった。
台座の溝に沿って細かな光が走り、石の周囲を巡ってから、床の幾何学模様へと広がっていく。
女性職員は記録板に目を落とし、少し驚いたように顔を上げた。
「土系統は高い適性が出ているね。しかも反応がかなり安定している。これなら、土の精霊を扱う魔法や技術は努力しだいでは一流を目指せるかもしれないね」
グレンが満足そうに腕を組んだ。
「土か。工房でも役に立ちそうだな。地盤を固めたり材料を扱う仕事でも、土に関わる技術は覚えておいて損はねえ」
カイルも土系統に適性があると聞いて、少し気分が明るくなった。
しかし、検査はまだ終わっていない。
担当者が最後の透明な石へ意識を向ける。
「では、光系統を調べよう」
二度目の詠唱が始まると、透明な石ではなく、その下敷きに刻まれた線が内側から照らされたように激しく輝き始めた。幾何学模様に沿って光が走り、最後に透明な石が強く明滅して静まった。
女性職員はしばし無言で記録板にペンを走らせ、それから真剣な目をカイルに向けた。
「光系統にも確かな反応があった。ただ、測定値が通常とは少し異なるね。ここまでの精度で光が反応するケースは珍しい。専門の機関に赴いて、詳しく調べてもらうよう打診されることもあるレベルだね」
「専門の機関、ですか?」
エレナの声音に、母親としての不安がわずかに混じる。
「危険な精霊を寄せやすいいうわけではないよ。ただ、光系統の適性としては少し特殊な領域に入り込む可能性が高い。今日の記録は、今後の成長に合わせて慎重に見ていくべきだね」
帰り道、カイルは渡された結果の紙を見つめていた。
土系統は、努力しだいでは一流を目指せるほどの高適性。
そして、光系統は専門機関への誘いがかかるかもしれないほど珍しい反応。
自分が将来どうなるのかは分からない。けれど、教えられた通りに流されるだけでなく、分からないことは自分で掴み取らなければならないという思いが、カイルの胸の奥で静かに火を灯していた。
(……まあ、焦ったって仕方ないか)
カイルは紙を丁寧に畳み、ポケットにしまった。
ただ、あのとき透明な石の底で何が応答したのか――その答えを自分の手で見つけ出す日がいずれ来ることを、彼はなんとなく予感していた。




