冒険者
学び舎の広い中庭には、お昼時の陽射しが明るく降り注いでいた。
石造りのベンチには、数人の生徒たちが集まって弁当の包みを開いている。
「ねえ、聞いた? 昨日の放課後、ギルドの掲示板に新しい依頼が貼り出されたんだって!」
クラスメートの一人が、興奮した様子でパンをかじりながら声を弾ませた。
別の男子生徒が、いかにも大人びた口ぶりで腕を組む。
「ああ、南の街道を抜けた先にある古い林道で、魔物の気配が強くなってるらしいな。こういうときは、やっぱり腕利きの冒険者たちの出番だろ」
「かっこいいよなー! いつか僕たちも、あんな風に町の外に出て、魔物を倒したりお宝を探したりしてみたいよな」
「冒険者ねぇ……」
ベンチの端に腰掛け、冷めたスープの入った木製のカップを握りしめながら、カイルは心の中で小さくため息をついた。
八歳になり、学び舎で世界の仕組みを学ぶにつれて、子供たちの間では「将来どんな仕事につくか」という話題が増えていた。
その筆頭が、やはり「冒険者」や「探索者」といった職業だ。
精霊塔の管理範囲内である町の中は安全で、魔物が入り込む余地はない。だが、一歩外のエリアへ出れば、そこは魔物が闊歩し、未開の自然や古代の遺跡が眠る危険な領域となる。
命がけで外へ赴き、資源を採り、街道を守る冒険者たちは、血気盛んな少年たちにとって最高に映える憧れの的だった。
「カイルはどう思う?」
ふと、隣から声をかけられた。
見上げると、フィンが少し心配そうな顔でこちらを覗き込んできていた。
フィン自身は、母親や妹と同じように薬師や医療の道へ進むつもりらしく、冒険者のような荒事はあまり得意ではない。だからこそ、男子たちが盛り上がっている輪の中で、カイルがどう感じているのか気になったのだろう。
「どうって……別になんとも思わないけど」
「冷たいなあ。男なら、外の世界に行ってみたいって思わない?」
「思わないな」
カイルは即答した。
「だって、面倒くさいだろ」
「面倒くさい……?」
「あんなの、ただの肉体労働だ。依頼がなければ稼げないし、怪我をしても一瞬で完璧に治るわけじゃない。第一、管理範囲の外なんて、ただ不衛生でリスクが高すぎるだけだろ」
カイルの現実的すぎる言葉に、周囲で盛り上がっていたクラスメートたちが「なんだよそれ、夢がないなぁ」と肩をすくめて笑った。
だが、カイル本人は本気だった。
(冒険者なんて、絶対に無理だ)
前世の記憶――正確には、この世界のシステムやネットワークの裏側を少しだけ垣間見てしまったカイルからすれば、冒険者という職業の本質は、美談でもロマンでもない。
それは、精霊塔の管理が及ばない「外縁部」や「バグの溜まり場」に赴き、命をすり減らして環境の維持や資源の回収を代行させられているだけの、いわば『使い捨ての現場作業員』に近かった。
魔物を倒す? 素材を採る?
そんなもの、命懸けで危険な野生生物やシステムのエラーと殴り合うより、町の中で安全に技術を学び、安定した基盤の上で暮らしていたほうが何倍も合理的だ。
自分には、あんな泥臭く命を張る生き方は到底できないし、するつもりもない。
前世でも、そしてこの世界に来てからも、カイルの本質は「安全な屋内でのんびり暮らしたい」という怠惰な思考から一歩も抜け出していなかった。
「ま、カイルらしいといえばらしいけどさ」
フィンは苦笑しながら、持ってきたサンドイッチを一口食べた。
「僕も外に行くのは怖いから、カイルみたいに冷静でいてくれると安心するよ。ルーシアなんて、この前『私も大きくなったら外に行って、光の魔法で魔物をドカンとやっつけるんだー!』って大はしゃぎしてたから……」
その名前が出た瞬間、カイルの胸の奥が微かにチクリと痛んだ。
彼女はきっと、外の世界の危険なんて知らずに、自分の強大な力を使ってどこまでも飛び出していこうとするだろう。
(……やれやれ)
カイルはカップに残っていた冷めたスープを飲み干した。
自分が冒険者になって一攫千金夢見るような人生なんて、端から選択肢にない。
むしろ、周囲が描くような「普通の未来」すら危ういバランスの上に成り立っているのだと知っている自分は、一体どうやってこの世界で生き延びればいいのか。
「ねえ、午後の授業、はじまるよ」
フィンの声に促され、カイルは重い腰を上げた。
青空の下、遠くに見える白い精霊塔は、今日も変わらず無機質な美しさを湛えて街を見下ろしていた。




