適性
森での一件から、三日ほどが過ぎた。
高位の精霊を取り込んだ影響で、ルーシアはあの日からずっと熱を出して寝込んでいた。
けれど、カイルが森で精霊たちを呼び集めて冷やしたおかげか、熱は二日目の夜にはすっかり下がり、三日目の朝には普通に食事が取れるまで回復していた。
そして、三日目の午後。
ハートウェル家の診療室で、ルーシアは椅子に座りながら退屈そうに足をぶらぶらさせていた。
「ねえ、まだー?」
「まだだよ」
向かいで器具の準備をしているエレナに代わり、フィンが呆れ顔で答える。
「もう十分調べたでしょ? 私、すっかり元気になったのに」
「それはお母さんが判断することだよ。僕に言われても困るってば」
「だって暇なんだもん」
ルーシアは頬杖をつき、足を前後に揺らし続けた。
「じっとしててね」
「してるよ?」
「さっきから足がずっと動いてるけど」
「これはじっとしてるうちに入るの!」
「入らないよ」
隣でカイルが失笑すると、ルーシアがぷくっと頬を膨らませてこちらを睨んできた。
「カイルまで笑うのひどい! 暇なら代わってよ!」
「俺が代わりに診断されても意味ないだろ」
ルーシアはニカッと笑った。
以前なら、ほんの少し起き上がっていただけでも、すぐに肩を揺らして横になりたがっていた。
けれど、今は違う。
顔色は驚くほど血色が良く、呼吸も乱れていない。
少し前なら椅子から立って部屋を横切るだけで息を整える必要があったのに、今日はこうして何時間も元気に喋り続けている。
エレナは手元の治療用魔道具を収めると、優しく微笑んだ。
「身体のほうは問題なさそうだね」
「本当!?」
「ええ。驚くくらい良好よ。前よりずっと健康になっているくらい」
ルーシアの目が一気に輝いた。
「じゃあ、もう外で遊んでいい!?」
「うーん……短い時間ならね。でも無理は禁物よ」
「やったー!」
両手を高く突き上げるルーシア。
フィンが慌てて眉を寄せた。
「喜ぶのはいいけど、前みたいに急に走り回ったらダメだからね!」
「分かってるってば」
「その返事をするときの顔、全然分かってないときと同じなんだけど……」
「お兄ちゃん、細かいなあ」
エレナはクスリと笑うと、机の上に五つの丸い石を並べた。
以前、カイルが精霊との適合を見たときと同じものだ。
赤、青、緑、茶、透明。
「今日は精霊との適性をもう一度見てみましょうか」
ルーシアの顔が少し曇った。
「前と同じじゃないの?」
「同じかどうか確かめたいのよ。森で精霊を受け入れてから、身体の状態がかなり変わっているからね」
「良くなっただけじゃないの?」
「体調が良くなったのは間違いナイわ。でも、身体の中の『精霊の通り道』がどう変化したかは調べないと分からないでしょ?」
ルーシアは石を見つめ、それからカイルへ視線を向けた。
「カイルも見てる?」
「見てるよ」
「じゃあ、やる!」
「最初からやる気だっただろ……」
「見てくれる人がいるほうが、力が出るんだもん」
ルーシアは舌を少しペロと出してみせた。
エレナがまず赤い石(火)をとる。
ルーシアが指を近づけても、石は沈黙したままだった。火の精霊との適性は極めて低い。
青(水)も同じだった。
緑(風)も、茶(土)も、以前と変わらず大きな反応は見られない。
「最後は、透明ね」
エレナが最後の石を持ち上げた。光の精霊との適合を測る石だ。
ルーシアが小さな指を伸ばし、そっと石に触れる。
触れた瞬間、石の中に淡い光がぽつりと灯った。
最初は小さな火の粉のような光だった。
だが次の瞬間――石が内部から眩く発光した。
「……っ!?」
エレナの手が止まる。
フィンが思わず目を見開いた。
カイルも覗き込む。
透明だったはずの石が、まるで内部に小さな太陽を抱え込んだかのように、白く澄んだ光を放っている。部屋の隅まで明るく照らし出されるほどの強い輝きだ。
「……これ、前もこうだった?」
カイルが尋ねると、エレナは信じられないといった様子で即座に首を横に振った。
「いいえ……前は、かすかに揺れる程度だったわ。こんな光、見たことがない……」
ルーシアは目を丸くして手元の光を見つめ、それからパッと顔を上げた。
「じゃあ、私……光と仲良くなったの!?」
「そんな簡単な話じゃないと思うわ……」
エレナは石を持ったまま、深く考え込んでいた。
「適性が高いとか、相性がいいとか……そういう言葉で表現するなら、極めて高いわ。……今まで見た中でも、破格の部類に入るわね」
「すごい! じゃあ、私、魔法がいっぱい使えるの!?」
「光系統なら、かなり得意になる可能性があるわね」
「やったー!!」
ルーシアは勢いよく椅子から立ち上がった。
振り返ってフィンを見る。
「お兄ちゃん、聞いた!? 私、すごいんだって!」
「聞いたよ。でも……」
フィンは素直に喜べない様子で、困惑と不安の混ざった目を石に向けていた。
「今まで何の適性もなかったのに、急にここまで跳ね上がるのは……おかしいと思う」
ルーシアの笑顔が少しだけ止まった。
「……おかしい?」
「悪い意味じゃないよ。ただ……僕は心配なんだ」
フィンは妹の目を真っ直ぐに見つめた。
「森で精霊を受け入れたことと関係してるなら、それが身体にどんな影響を与えるのか……ちゃんと調べないと」
「でも、私すっかり元気になったよ?」
「それは分かってる」
フィンはそこで言葉を区切り、眉を下げた。
「元気になったからこそ、余計に……何が起きてるのか知りたいんだ」
エレナもフィンの言葉に深く頷いた。
「フィンの言う通りね。身体が良くなったことだけなら、喜んで終われるわ。でも、精霊との相性そのものが作り直されているなら、もう少し慎重に経過を見ないと危険だわ」
ルーシアは少し考え、透明な石を指先でちょんとつついた。
「でも……光と仲良くなれたなら、いいことじゃない?」
「そうかもしれないわ」
エレナが優しく答える。
「それが本当に『いいこと』なのかどうかを確かめるために調べるのよ」
ルーシアは少しだけ唇を尖らせたが、すぐに笑顔を取り戻した。
「調べるのはいいけど、またベッドで寝てばっかりは嫌だからね!」
「それは約束するわ」
「本当に?」
「本当よ」
ルーシアはようやく満足そうに笑った。
その横で、カイルは白く輝く石を静かに見つめていた。
前に見たルーシアの適性とは、明らかに違う。
まるで、最初から彼女の中に眠っていた「本当の回路」が、あの巨大な精霊によって無理やりこじ開けられたかのように見えた。
(あの精霊は……ただルーシアを治しただけじゃない)
森でルーシアの中へ流れ込んだあの光の塊。
あれは彼女の病を治すと同時に、彼女の身体そのものを「作り替えた」のではないか。
カイルは胸の奥に芽生えた冷たい不気味さを消し去ることができないまま、無邪気に喜ぶルーシアの横顔を見つめていた。




