第八話:消失(ロスト)、あるいは逃亡の口実
「……消失したって、どういうことだよ。GPSが切れただけだろ?」
俺の問いに、保憲は首を振った。
「違う。通信が遮断されたんじゃない。存在そのものが、この世界のネットワークから『隔離』されたんだ。有世くんが追っていた防犯カメラの映像も、その瞬間だけ真っ黒に塗り潰されている」
……嫌な汗が背中を伝う。
藤原の残党が仕掛けた「罠」。それは野崎を強化するだけのパッチじゃない。じゃあ何だ? わからない。藤原の残党共の考えが、システムのどこまでをハックしようとしているのかも。
「……はぁ。まぁ、考えてもしゃーないか。見えんもんは追えんし、俺、眠いし」
俺がオムライスの残りを口に運びながら、いつもの怠惰全開な態度でボヤくと、店内の全員が白けた視線を俺にぶつけた。
「……観測者としても、その徹底した現実逃避には呆れるよ」
保憲が冷たく言い放つ。
そこへ、山本組の親分と若頭が重々しく立ち上がった。
「安倍さん、酒井さん。……野崎の行方は、ウチの総力を挙げて探します。これ以上、お二人に迷惑をかけるわけにはいきませんから。……失礼します」
二人は親父とシュン兄に一礼し、黒塗りのベンツで組へと戻っていった。
それを見計らったように、シュン兄と澪さんも朝食の皿を空にして立ち上がった。
「俺たちも行くわ。ハル、お前らもあんまり夜更かし(朝帰り)すんなよ。澪、家まで送るわ」
シュン兄が優しく澪さんの肩を抱く。
「あ、俺らも! 俺たちも澪さんのこと、家まで一緒に送っていかせて!」博雅
「……そうや! ちょうどウチも、そっちの方に用事があったんやわ!」道満
「シュン兄、俺も手伝うよ! 帰り道、危ないかもしれないしな!」俺
俺、道満、博雅の三人は、今こそがこの「親の説教地獄」から脱出する唯一のパッチだと確信し、食い気味に立ち上がった。
「ちょっ、待て! お前ら、俺一人を置いていく気か!? 晴明、博雅! 道満ちゃんまで!」
背後で親父が悲鳴のような声を上げ、母ちゃんの殺気から逃れようと必死に俺たちの袖を掴もうとしてくる。だが、俺たちはそれを鮮やかにスルー(デリート)した。
「パパ……お話は、ま・だ・終わってないわよね?」
母ちゃんの「あらあら、うふふ」という低音ボイスが店内に響き、親父の顔が絶望に染まっていく。すまんな親父、これが『大人のケジメ』ってやつだ。
俺たちは逃げるように『フォックス・テイル』を飛び出した。
北野の坂道を下る朝の空気は、店内の修羅場が嘘のように清々しい。
なぁ、あんたならどう思う?
最凶の母ちゃんから逃げるために、伝説の鬼のデートに便乗する。
この時はまだ、その帰り道が「忘れられない夏」の本当の始まりになるなんて、俺たちの誰一人として、ログに記録していなかったんだ。




