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やりたかないのに陰陽師弐  作者: 辻本 真悟
第二章:不可視の包囲網
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第六話:ファミリー・バグ、あるいは極道のアポロジー

「......はぁ。やりたかないねー。朝からなんでこんな重い空気吸わなあかんねん」


 始発の北野坂を登り切り、ようやく辿り着いた『フォックス・テイル』。朝食の匂いに釣られて、俺と親父、博雅、道満、さらにシュン兄と澪さんまでゾロゾロと店に流れ込んだ。だが、自動ドアが開いた瞬間、そこは安らぎの場ではなく、逃げ場のない「処刑場」と化していた。


「――あらあら、うふふ。パパ、晴明。......楽しい朝帰りだったみたいね?」


 カウンターの奥、逆光の中で葉子母ちゃんが微笑んでいた。その背後に立ち昇る、本物の妖狐の殺気に、親父の顔が一瞬で土砂崩れを起こす。


「ひ、ひっ......! 葉子、これは違うんだ、酒井の店でちょっと込み入った話が......!」

「......はぁ。やりたかないねー、母ちゃん。俺はこいつらに無理やり連れて行かれただけで......」


 親父と俺の言い訳も空しく、母ちゃんの「座りなさい」という一言で、親父と俺はカウンターの角に追い詰められた。横を見ると、博雅と道満はすでに各々の両親によって床に正座させられ、魂が抜けるような勢いで説教を食らっている。


「......観測者としては、この家庭内の不協和音(ノイズ)は非常に興味深いサンプルだね」「先輩! 今の泰臣さんの顔、絶望のログとして最高に映えてます!」


 カウンターの隅では、保憲がメロンソーダを、有世がタブレットを構えながら、この惨状を他人事のように眺めていた。シュン兄だけがニタニタと笑い、澪さんは「賑やかでいいですね」とコロコロと鈴を転がすように笑っている。


 その時。店の前に、場違いに重厚なエンジン音を響かせて黒塗りのベンツが止まった。入ってきたのは、昨夜のチンピラとは格が違う、本物の「圧」を纏った二人組。菱王組系・山本組の親分と、若頭の橋本だ。


 店内の緊張感がさらに跳ね上がる中、二人は親父とシュン兄を見つけるなり、周囲の目も構わず深々と頭を下げた。


「酒井さん......申し訳ありません! ウチの若いもんに、あんたの店に手を出すなという『鉄の掟』を教えていなかった為に無礼を......! 本当に、申し訳ございませんでした!」


  シュン兄は、さっきまでのニタニタ顔を消し、静かに彼らを見下ろした。シュン兄の店は、裏社会では絶対に手を出してはいけない不可侵領域(聖域)として知られていたのだ。さらに、橋本が親父の足元に縋り付く。


「安倍さん......お願いです! 今回の件、どうか菱王の本家には伏せておいてください! この件は組の不始末として、何でもしますから、頼みます!!」


  なぁ、あんたならどう思う? 最強の母ちゃんに震える英雄の親父と、日本最大の極道に泣きつかれるろくでなしの親父。


夏の朝の光の中で、俺の右手の指先が、霊的なバグではなく「あまりにも複雑すぎる人間関係」に、呆れるようなビートを刻んでいた。


 店内に漂うのは、出汁の香りと極道の脂汗、そして母ちゃんの冷え切った殺気が混ざり合った、この世で最も不規則な(イレギュラーな)空気。

 シュン兄は、畳み掛けるような山本組の謝罪を鼻で笑うこともせず、ただ静かに澪さんの肩を抱き寄せた。


「山本さん、橋本さん。……頭を上げろ。あんたらがそこまで言うなら、今回の件は無かったことにしてやる。……と、いうか元々…何も思っちゃいないよ。」


 シュン兄の低い声が、ベンツのエンジン音よりも重く響いた。その一言で、日本最大組織の幹部二人が、まるで死刑判決を免れた囚人のように安堵の息を漏らす。


「……で、親父。あんた、いつまで山本さんに縋られてんだよ。見苦しいぞ」


 俺が冷たく突っ込むと、親父は涙目で山本さんを立たせながら、チラチラと母ちゃんの様子を伺った。


「そ、そうだぞ山本くん! 今回の件は、俺たちの『大人の友情』に免じて貸しにしておく。だから、頼むからこの場の空気をこれ以上バグらせないでくれ……葉子の扇子が、いや、視線が痛いんだわ」


「はぁ……。観測終了。安倍くん、この状況下でも泰臣さんの『ろくでなし度』は一切減衰しないようだね。非常に興味深い。……ところで、有世くん。例の『野崎』というデータの行方は?」


 保憲がメロンソーダのストローから口を離し、淡々と問いかけた。

 有世がタブレットの画面を親指で弾き、顔を強張らせる。

 

 店内に、再び嫌な沈黙が流れた。

 俺達の頭には「?」が浮かんでいる。

 

 なぁ、あんたならどう思う?

 大人が謝って、子供が説教されて、ようやく終わるはずだった『夜』が、もっとドス黒い何かを連れて、この朝の光にハッキングを仕掛けてきてるんだ。


 俺の右手の指先が、今度は明確な「殺意」を伴った何かを検知して、激しく震え出した。

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