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やりたかないのに陰陽師弐  作者: 辻本 真悟
第一章:琥珀色の日常
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第四話:菱(ひし)の末端、夜のノイズ

「……おやおやぁ? 何だお前ら。……ガキの集まりかよ」


野崎は下卑た笑いを顔面に貼り付けたまま、カウンターの端に座る俺たちを指差した。その目は、血の匂いを嗅ぎつけたハイエナのそれだ。


「マスター、未成年に酒出してまずくないですか? 今どきコンプラってのがうるさいでしょう。ひしの看板背負ってる俺としては、こういう不届きな店は見過ごせへんなぁ」


野崎はカウンターに身を乗り出し、わざとらしく指でトントンと木を叩いた。

俺たちが座る、そのすぐ横を。


「穏便に済ませたかったら、話、聞いてもらえますよねぇ?」


……はぁ。やりたかないねー、本当に。

俺はぬるくなったグラスを掲げ、溜息混じりにボヤいた。


「おい、おっさん、それ言いがかりにもほどがあるわ。俺たちが飲んでんのは、ただのジュースやろが」


「ガキが口答えしてんじゃねえぞ!」


野崎が吼える。

「マスター、教育がなってないんじゃないですか? ひしに挨拶もねぇような店が、いつまでもここで商売できると思ってんのか?」


シュン兄は、磨いていたグラスをそっと置いた。

その瞬間、店内の空気が絶対零度まで凍りつく。博雅は無意識に拳を固め、道満は顔を伏せながらも指先にどす黒い呪力を集め始めていた。

 いやいや、道満さん、呪い殺す気ですか?


「……野崎と言ったな」


 シュン兄が静かにグラスを置いたその瞬間、横から煙草の煙が野崎の顔面に吹きかけられた。


「……そのガキの父親だが、なんか文句あんのか?」


 ヨレヨレのシャツのボタンをはだけさせたまま、親父(泰臣)がゆっくりと椅子を回転させた。さっきまで朱雀を口説いていた「ろくでなし」の空気は、霧散している。


「あぁん? 父親だぁ? だったらなおさら都合がいいや。ガキの不始末、親がキッチリ落とし前つけて……」


「ああ……?」


 親父が短く、地を這うような声で凄んだ。

 その一瞬、店の照明がチカりと瞬き、空気が鉛のように重くなる。野崎の言葉が喉の奥で引きった。菱王組という日本最大の看板を背負っているはずのチンピラが、目の前の「ただの酔っ払い」から放たれる圧倒的な威圧感に、本能的な恐怖を覚えたようだった。


……やりたかないねー、ホンマによ!


 俺はぬるくなったジュースを飲み干し、親父の背中を眺めた。普段は母ちゃん(葉子)にシバかれてばかりの親父だが、こういう時の「眼」だけは、修羅場をいくつも潜り抜けてきた本物の勝負師のそれだ。


「おい、若いの。ひしの看板が泣いてんぞ。金に困ってガキ相手にカツアゲか? この辺の縄張りだったら山本組か?山本の親分さんも、頭の橋本さんも、随分と教育が疎かになったもんだな」


 親父の口から出た具体的な名前に、野崎の顔から一気に血の気が引いていく。


「……お、お前……。何者じゃ」


「ただの酔っ払いだよ。……さあ、とっとと失せな。これ以上、俺の酒を不味くするなら、お前のその看板、俺が直接本家まで叩き返しに行ってやってもいいんだぞ」


 親父の、冗談とも本気ともつかない低い声。

 野崎は歯を食いしばりながら、逃げるように店を飛び出していった。カランコロンと、不協和音のようなドアベルが鳴り響く。


 なぁ、あんたならどう思う?

 最強の鬼のバーに、日本最大の極道の末端が現れ、それを『ろくでなしの親父』が睨みつけている。

 夏の夜の不協和音ノイズが、最悪のメロディを奏で始めていた。

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