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やりたかないのに陰陽師弐  作者: 辻本 真悟
第四章:救済の終わり、そして継承
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エピローグ前編:冷えた魂、一杯のうどん

『フォックス・テイル』に戻った俺たちの体は、夏の酷暑を忘れたかのように冷え切っていた。


 店には、博雅の親父である源家の当主や、道満の親父である雁助さんたちが、心配を通り越して憔悴した顔で待ち構えていた。だが、泥と血に汚れ、魂の抜け殻のようになった俺たちの姿と、その「眼」を見て、誰もが言葉を失った。いつもの説教も、心配を装った小言も、この沈黙の前ではあまりに無力だった。


 泰臣からすべてを聞いた母ちゃんは、一言も発さず、ただ静かに奥の厨房へ消えた。しばらくして、カウンターに並べられたのは、湯気の立つ熱々のうどんだった。


「……食べなさい。今は、これだけでいいから」


 母ちゃんの震える声。

 外は死人が出てもおかしくない猛暑。本来なら氷を浮かべた冷たいものしか喉を通らないはずなのに、心が凍りついた俺たちには、その出汁の熱さと香りが、痛いほど染み入った。


「……あ。う……っ、う……」


 有世が、震える手で箸を握り、無言でうどんを啜り始めた。ついさっきまで深江浜のあの惨劇の中に立ち、返り血の匂いと鬼の咆哮をその身で受け止めていた彼女。大粒の涙をボロボロとうどんの器に落としながら、喉を鳴らして必死に食べ進めている。生身の人間としてあの場にいた彼女にとって、この熱さだけが、崩れそうな心を繋ぎ止める唯一のパッチだった。


「……やれやれ。観測者としては、こんな日はオムライスよりもうどん……か」


 保憲もまた、曇った銀縁眼鏡を拭うこともせず、ひどく掠れた声で呟いた。誰もが、声を出せば涙が溢れそうで、ただ無言で麺を噛み締め、出汁の温もりで自分たちの「生」を確かめていた。


 そのまま、誰もが動けずに、灰色の朝を迎えた頃。

 自動ドアが開き、三人の男が入ってきた。山本組の組長と若頭の橋本。そしてその中央に立つのは、日本最大の極道組織・菱王組のトップ、瀬戸だった。


「……泰臣、久しぶりやな。……この度は、ウチの不始末で、酒井の旦那を……。ホンマに、すまんかった」


 日本一の組長という、あまりに重すぎる肩書きを脱ぎ捨て、瀬戸は泰臣の前で、そして俺たちの前で、深々と、長く頭を下げた。山本と橋本も、床に額をこすりつけるようにして、消えない罪を背負って謝罪した。


 なぁ、あんたならどう思う?

 最強の鬼が守りたかった平穏を壊したのは、確かに人間だった。

 でも、その不始末を背負って、ボロボロになりながら頭を下げるのもまた、情けないほど人間なんだよな。

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