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やりたかないのに陰陽師弐  作者: 辻本 真悟
第四章:救済の終わり、そして継承
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エピローグ後編:夏の残響、受け継がれる鍵

しばらく時が過ぎた、ある夜のことだ。

 主を失い、無人になった北野のバー『あか』。

 換気も止まったはずの店内に、なぜかまだ微かに、シュン兄の吸っていた煙草と、澪さんのつけていた香水の残香ログが漂っている気がした。


 カウンターには俺、道満、博雅、そして泰臣の四人が、静かに並んで座っていた。

「……シュン兄。勝手に店開けて悪りぃな。……今夜だけは、献杯させてくれよ」

 俺が注いだ琥珀色のウイスキー。シュン兄がいつも立っていたカウンターの奥は、主を欠いて広すぎるほどに空っぽで、そこにはただ、月光を反射して冷たく光るグラスだけが静かに並んでいた。


 俺は、澪さんがいつも座っていたカウンターの端の席に目をやった。

 そこには、彼女が好きだった紫陽花の花を一輪、そっと供えた。シュン兄が座っていた席なんて、この店には初めからない。彼はいつだってカウンターの向こう側から、あの愛おしい人を、そして俺たちを見守っていたんだ。


 背後のボックス席には、瀬戸組長、山本組長、橋本さんが重々しく座り、影を落としている。さらに奥のテーブルには、母ちゃんや博雅の両親、道満の両親たちが、まるですべての「夏」を弔うように静かに寄り添っていた。

 静寂が、剥がれかけた壁紙のように剥き出しの哀愁を晒している。


「……今日だけは、親も公認だ。シュン兄、一緒に飲んでくれよ」


 俺がそう言ってグラスを傾けると、後ろで見守っていた親たちが、何も言わずにただ深く、静かに頷いた。本来なら未成年の俺たちには許されない行為バグだが、今日この夜だけは、誰もが「酒井瞬」という男との別れに必要だと分かっていた。


「……ここ、俺が継ぐわ」


 俺がグラスの氷を揺らしながら呟くと、道満と博雅が、グラスを止めて俺を見た。

「……はぁ? 晴明、あんたまだ高校生やで? 酒も出せんのに何言うてんの」

「そうだぞ晴明。お前、学校はどうするんだよ。それに……」

 道満の声は震え、博雅の言葉は途切れがちだ。二人とも分かっているんだ。俺がただ店を継ぎたいわけじゃないことを。


 すると、ボックス席の暗がりにいた瀬戸が、静かに口を開いた。

「……ええ心意気や、おにぃちゃん。なら、おにぃちゃんが社会人になるまで、店はウチのもんに守らせとく。おにぃちゃんがマスターをやりたくなったら、その時にすぐに譲るわ。それまで、ここはひしの聖域として、誰一人、埃ひとつ触れさせん」

 瀬戸の言葉に、泰臣が「……助かるよ、瀬戸」と、枯れた声で応えた。


「あとさ……シュン兄のあの黒いセダン。あれも、俺が引き継ぎたいんだわ」

 俺の最後の我が儘に、博雅の親父が苦笑を浮かべ、深く頷いた。

「あの車は、兵庫県警が大切に保管しておくよ。……晴明くん、あと一年で君も18歳だ。免許を取ったら、その鍵を君の手に渡そう。……それまでは、俺たちが守り抜く」


 なぁ、あんたならどう思う?

 怠惰を極めた三代目が、酒を覚え、店を継いで、デカいセダンを転がしたいなんて。


「……はぁ。やりたかないねー、ホンマに。……一年後、誰かさんの免許取り立てのドライブに付き合うんは……」

 道満が顔を背け、涙を隠すように笑いながら呟いた。

 北野の夜風が、もう戻らない日常のログをさらって吹き抜けていく。

 史上最高に悲しくて、史上最高に忘れられない、俺たちの夏が、今、静かにログアウトしていった。

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