第十六話:千年の夏、トワイライト・リブート
漆黒の焔が、六合の結界内を焼き尽くす。
それは破壊のための火じゃない。狂ったシステムを正常に戻すための、あまりにも悲しい「強制終了」の光だった。
「……ッ、シュン兄……!!」
結界の向こう側、激しく渦巻く黒炎の中で、シュン兄が静かに澪さんを抱きしめ直すのが見えた。一千年の呪いも、藤原が仕掛けた汚いバグも、その焔がすべてを白紙にしていく。
「……ハル。……ヒロ……ミッちゃん……泰臣……」
焔に巻かれ、データが霧散していく寸前。シュン兄は、いつものバーのカウンターで見せていた、あの穏やかな「酒井瞬」の顔で笑った。
「……悪りぃな、背負わせて。……やっと、澪の隣に行けるわ……」
その呟きを最後に、結界の中からは一切の霊的反応が消えた。六合の光が弾け、後に残ったのは、焦げたコンクリートの上に静かに降り積もる、雪のような白い灰だけだった。
「……う、あ……あああああッ!!」
親父がその場に崩れ落ち、灰をかき抱くようにして絶叫した。博雅は天を仰いで泣き、道満は俺の腕を掴んだまま、声もなく涙を流し続けている。
「……観測完了。……三代目安倍晴明、君はやり遂げたよ。……一千年前の初代が、ついぞ到達できなかった『鬼の救済』をね」
保憲の静かな声。パールホワイトのシーマに寄りかかり、彼は銀縁メガネを外して、一度だけ深く頭を下げた。
「この凶々しき怪物は地獄の業火に焼かれながら、それでも天国に憧れる……か」
オペラ座の怪人宜しく……俺は泣きながら独り言ちた。
なぁ、あんたならどう思う?
一千年の孤独の果てに、ようやく手に入れた「人間になりたい」という思いと愛を、自分の手で葬らなきゃならなかった鬼のことを。そして、その「死」という名の救済を、泣きながら実行した俺たちのことを。
俺の右手の指先は、もう震えていなかった。ただ、シュン兄が最後に残した温もりだけが、パッチのように俺の魂に刻まれている。
神戸の街に、本当の夜が来る。
夏の酷暑は相変わらずで、蟬の声はうるさくて、世界は何事もなかったかのように再起動を始める。
「……はぁ。やりたかないねー、ホンマによ……」
俺は空を見上げ、タバコに火を付けながら独り言ちた。
目元を拭う気力すらない、史上最高に怠惰で、史上最高に悲しい夏が、ようやく終わろうとしていた。




