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やりたかないのに陰陽師弐  作者: 辻本 真悟
第四章:救済の終わり、そして継承
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第十五話:強制終了(シャットダウン)、最後の子守唄

理性を失っているのか、泥のような瘴気を放つシュン兄が、保憲たちの立つパールホワイトのシーマへ迫る。その前に、血と泥に汚れたアロハシャツの親父が立ちはだかった。


「……酒井! 目を覚ませ! 頼む、戻ってきてくれ!」


 親父は泣きながら、震える手で地面に歪な五芒星を描き、必死に友の名を呼びかける。だが、酒呑童子と化したシュン兄の瞳に、親父の必死な姿は映らない。


「……泰臣。お前じゃ……俺は、殺せない」


 シュン兄は力なく呟いた。その言葉に、親父の五芒星を描く手が止まる。


「な……酒井、お前、正気なのか? 分かってんのか、自分が何を言ってるか……! 冗談だろ、また店で『泰臣、飲みすぎだ』って笑ってくれよ……ッ!」


 親父が縋るように叫ぶが、シュン兄は保憲たちを無視して、物言わぬ姿となった澪さんの亡骸の前で膝を突いた。泥にまみれ、あらぬ方向に曲がった彼女の体を、壊れ物を扱うように優しく、震える腕で抱き上げる。


「……ハル。殺してくれ。……俺がまだ、鬼と人のはざまで居られるうちに……頼む。……もう、自分じゃ止まれそうにないんだ」


 シュン兄が、血の涙を流しながら俺に死を乞うた。その顔には、一千年前の絶望と、酒井瞬としての最期の慈しみが混濁していた。


「嫌だ……ッ! 頼むよ、戻ってくれよ! また店でシュン兄の酒を飲ませてくれよ!!」


 俺は叫んだ。だが、シュン兄はそんな俺を見て、ふっと、本当に微かに微笑んだ。それは絶望の果てにようやく出口を見つけたような、穏やかで、残酷なほど真っ直ぐな、死への渇望だった。その笑みが、生きて戻る道がもうどこにもないことを俺に突きつける。


 右手の指先は狂ったように震え、空中に描こうとする五芒星は涙で歪んで形をなさない。指が動かない。最悪の結末を拒絶して、脳がコマンドを受け付けないんだ。


 その時、温かい手が、俺の両手に添えられた。


「……ウチらも、一緒や。一人で背負わんでええんやで、晴明」

「晴明。俺たちも、酒井さんの『心』を支える。……やろう」


 俺と同じくクソほど泣きじゃくっている道満と博雅が、俺の震える指をそっと支えた。三人の手が重なり、歪んでいた五芒星が、眩い光を放って完成する。


 シュン兄から漏れ出す霊的干渉は、すでに臨界点を超えていた。このまま騰蛇トウダを放てば、その余波だけで深江にいる人間すべての精神データが焼き切れてしまう。


「……六合りくごう! シュン兄を閉じ込めろ! 一滴の焔も外へ出すな!」


 俺が召喚した六合の絶対結界が、最愛を抱くシュン兄を完全に孤立させ、空間を物理的に切り離す。その閉ざされた檻の中で、俺たちの悲しみをリソースにした漆黒の焔を呼び出す。


「――騰蛇トウダ!! シュン兄を……眠らせろ……ッ!!」


 俺の心の影響か?漆黒の焔が牙を剥き、檻の中の鬼を飲み込んでいく。

 なぁ、あんたならどう思う?

 死にたいと願う兄貴の願いを、親友たちの手を借りて叶えてやるなんて。


 俺の右手の指先が、結界の中でシュン兄の魂が静かにデリートされていく、その最期の熱を感じていた。

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