表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やりたかないのに陰陽師弐  作者: 辻本 真悟
第三章:臨界点の慟哭
PR
13/18

第十三話:愛を殺した鬼、千年の孤独に降る血

埋め立て地の直線道路を、シュン兄のセダンが猛り狂う獣のように突き進む。空はどこまでも高く晴れ渡っているというのに、深江浜一帯にはドブ川の底を浚ったような、どす黒い霧が立ち込めていた。


「……見えた。あれか」


 シュン兄が、低く、押し殺した声で呟く。

 視線の先には、錆びついたトタン板が剥き出しになった巨大な廃工場。野崎の親父が遺したというその場所は、今や藤原の残党たちが構築した、愛も慈しみも通用しない『不浄なドメイン』へと書き換えられていた。


「おい、道満。……有世はなんて?」


「……有世がりお先生に連絡した。今、保憲(会長)とシーマでこっちに向かってるはずや。深江浜は今、警察とヤクザが入り乱れてぐちゃぐちゃの混沌カオスやで」


 道満がスマホを握りしめ、震える声で答える。

 工場の入り口を固めていた若い衆をなぎ倒すように、俺、道満、博雅、泰臣、シュン兄、そして山本組の親分と若頭の橋本が、その鉄鋼の棺桶へと足を踏み入れた。


 奥の広場に、奴はいた。野崎だ。


「……親分んんん! 若頭かしらあああ! なんで俺が殴られなきゃいけなかったんだ? なんでヤクザが一般人にビビってんだよ。俺は何のために、ひしの看板背負ったと思ってんだよ!」


 野崎は、藤原の残党たちがニヤニヤと見守る中央で、壊れたスピーカーのように喚き散らす。ヤクザとしてのプライドも、理性も、すでに呪術のパッチでオーバーライトされていた。


「……野崎。澪はどこだ」


 シュン兄の、温度のない一言が響いた。

 野崎は一瞬黙り、それから下卑た笑みを浮かべて口を開いた。


「澪ぉ? あー、これか?」


 野崎が工場の奥、重い鉄の扉をニタニタと笑いながら蹴り開ける。


 ――そこには、この世の地獄さえも目を逸らすような光景が広がっていた。


 澪さんの無惨な姿。

 野崎と藤原の男たちに弄ばれ、蹂躙され、その果てに全身を何度も、何度もめった刺しにされ……何より、その首はあらぬ方向に曲がっていた。

 

 さっきまで、あんなに優しくシュン兄に微笑んでいた澪さん、コロコロと笑っていた澪さん、紫陽花の好きな澪さん、その顔が、今は泥と血と涙に塗れている。

 一千年の孤独の果てに、シュン兄がようやく見つけた「明日」は、そこにはもうなかった。


 一瞬。

 そこにいた全員の脳が、あまりの惨劇に焼き切れ、凍りついた。

 博雅の氣が悲鳴を上げて凍りつき、道満の呪力が消え、泰臣の表情から一切の人間らしい色が抜ける。山本と橋本さえも、膝を突き、喉を詰まらせた。


 だが、その静寂は、すぐに脳が砕け散るほどの絶望と、血を吐くような怒りに塗り潰された。

 しかし、俺たちが拳を握るよりも、涙を流すよりも早かった。


 目の前の野崎は、すでに胴と首が別々になっていた。

 

 血が噴き出す暇すらない。

 ほんの一瞬。目にも留まらぬ速さで動いた、シュン兄だった「何か」がそこにいた。

 人間に裏切られ、人間を呪い、それでも人間を愛そうとしていた鬼の、最後の一線が弾け飛んだ。


 なぁ、あんたならどう思う?

 愛した女の亡骸の前で、一千年分の悲しみが殺意へと姿を変えるのを。

 

 俺の右手の指先が、この世界のロジックそのものを嘆き悲しみ、引き裂こうとする、最悪の『オーバーロード』を検知して、狂ったように、慟哭するように震え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ