第十三話:愛を殺した鬼、千年の孤独に降る血
埋め立て地の直線道路を、シュン兄のセダンが猛り狂う獣のように突き進む。空はどこまでも高く晴れ渡っているというのに、深江浜一帯にはドブ川の底を浚ったような、どす黒い霧が立ち込めていた。
「……見えた。あれか」
シュン兄が、低く、押し殺した声で呟く。
視線の先には、錆びついたトタン板が剥き出しになった巨大な廃工場。野崎の親父が遺したというその場所は、今や藤原の残党たちが構築した、愛も慈しみも通用しない『不浄なドメイン』へと書き換えられていた。
「おい、道満。……有世はなんて?」
「……有世がりお先生に連絡した。今、保憲(会長)とシーマでこっちに向かってるはずや。深江浜は今、警察とヤクザが入り乱れてぐちゃぐちゃの混沌やで」
道満がスマホを握りしめ、震える声で答える。
工場の入り口を固めていた若い衆をなぎ倒すように、俺、道満、博雅、泰臣、シュン兄、そして山本組の親分と若頭の橋本が、その鉄鋼の棺桶へと足を踏み入れた。
奥の広場に、奴はいた。野崎だ。
「……親分んんん! 若頭あああ! なんで俺が殴られなきゃいけなかったんだ? なんでヤクザが一般人にビビってんだよ。俺は何のために、菱の看板背負ったと思ってんだよ!」
野崎は、藤原の残党たちがニヤニヤと見守る中央で、壊れたスピーカーのように喚き散らす。ヤクザとしてのプライドも、理性も、すでに呪術のパッチでオーバーライトされていた。
「……野崎。澪はどこだ」
シュン兄の、温度のない一言が響いた。
野崎は一瞬黙り、それから下卑た笑みを浮かべて口を開いた。
「澪ぉ? あー、これか?」
野崎が工場の奥、重い鉄の扉をニタニタと笑いながら蹴り開ける。
――そこには、この世の地獄さえも目を逸らすような光景が広がっていた。
澪さんの無惨な姿。
野崎と藤原の男たちに弄ばれ、蹂躙され、その果てに全身を何度も、何度もめった刺しにされ……何より、その首はあらぬ方向に曲がっていた。
さっきまで、あんなに優しくシュン兄に微笑んでいた澪さん、コロコロと笑っていた澪さん、紫陽花の好きな澪さん、その顔が、今は泥と血と涙に塗れている。
一千年の孤独の果てに、シュン兄がようやく見つけた「明日」は、そこにはもうなかった。
一瞬。
そこにいた全員の脳が、あまりの惨劇に焼き切れ、凍りついた。
博雅の氣が悲鳴を上げて凍りつき、道満の呪力が消え、泰臣の表情から一切の人間らしい色が抜ける。山本と橋本さえも、膝を突き、喉を詰まらせた。
だが、その静寂は、すぐに脳が砕け散るほどの絶望と、血を吐くような怒りに塗り潰された。
しかし、俺たちが拳を握るよりも、涙を流すよりも早かった。
目の前の野崎は、すでに胴と首が別々になっていた。
血が噴き出す暇すらない。
ほんの一瞬。目にも留まらぬ速さで動いた、シュン兄だった「何か」がそこにいた。
人間に裏切られ、人間を呪い、それでも人間を愛そうとしていた鬼の、最後の一線が弾け飛んだ。
なぁ、あんたならどう思う?
愛した女の亡骸の前で、一千年分の悲しみが殺意へと姿を変えるのを。
俺の右手の指先が、この世界の理そのものを嘆き悲しみ、引き裂こうとする、最悪の『オーバーロード』を検知して、狂ったように、慟哭するように震え始めていた。




