前兆(オーメン)
〈オルデン・コア〉
特殊能力値測定センターを統括する国家中枢機関。
惑星全体の能力者データを管理し、新生児への識別リング装着も担っている。
王家・軍部とも深く繋がっている。
〈アストレア軍〉
惑星アストレアの正規軍。
最新兵器および科学兵装を保有し、惑星規模で展開される巨大軍事組織。
〈アストレア特殊能力部隊〉
リング能力レベル5以上の特殊能力者によって構成された部隊。
通常兵では対応不可能な案件への投入を目的としている。
「ねぇ、お母さん!今日の夕食に魚、釣ってきたよ!」
「あんた、どこにもいなかったから心配したよ。
そんな遠くまで行ったのかい?」
「にいにが連れてってくれた!」
ひょい、と物陰から顔を出す子ども。
AI文明から取り残されたようなその町は、
恒星ソレイユが沈みかける惑星アストレアの片隅にあった。
夕刻。
一日の終わりを告げる、静かな時間。
その静けさを裂くように、
一通の手紙が、戸口から滑り込む。
それを拾い上げた女は、
何も言わず、男に手渡した。
男は目を落とし、
一瞬だけ、呼吸を止める。
「……こんなとこにも、生き残りがいたのか」
低く呟き、
紙を、強く握り潰した。
「……招集だとよ」
「何?」
奥の部屋から、ポニーテールの筋肉質の娘が顔を出した。
手には分解された銃。慣れた手つきで、部品を拭いている。
「特殊部隊訓練施設、別館B棟?」
男の手から手紙を奪い、ざっと目を走らせる。
「……ちょっと、やばくない?
特殊能力者がいる場所だろ。
そんな連中に正面から喧嘩売る気か?」
「いつもと規模が違うな……」
男は眉を動かす。
娘は、最後の一文を読み、
一瞬だけ、手を止めた。
「……アンドロイドが一体紛れているらしい」
娘は、もう一度だけ写真を見た。
——人間にしか見えなかった。
「彼らに任せればいい。精鋭部隊の卵なんだから」
「所詮、訓練生だ。毎年見てるだろ」
男は吐き捨てるように言う。
「期待なんざ誰もしてねぇんだよ」
「ご丁寧に、写真まである」
男が紙束から一枚を抜き出す。
それを見て、子どもたちも興味本位に覗き込んだ。
「カッコいい!」
「やめろ……こいつは、敵だ」
娘は写真を凝視した。
「しかし、よくできたアンドロイドだな」
ふっと息を吐く。
「こいつが……人間じゃない証拠はあるのか?」
写真に写っていたのは――
タシト・レヴァント。
◇
外界と切り離された地下会議室で、
作戦は、静かに告げられた。
「作戦を伝える」
低く、抑揚のない声が室内に落ちた。
「特殊能力生の訓練中、
アークヘイム軍団による
特殊部隊訓練施設・別館B棟への襲撃が始まる」
一拍。
「アークヘイムは、タシトをアンドロイドと誤認している。 我々は、この襲撃を利用し、 アークヘイムを特殊部隊の学生を危険に晒すテロリスト組織として認定する」
誰も口を挟まない。
「その上で、軍は総力をもって介入する。
目標は、現場の制圧。
そして――タシトを消す。完全な鎮圧だ」
沈黙の中で、誰かが問いを投げた。
「……学生は、どうなるのですか?」
わずかな間。
「特殊能力者だ。生き残る者は、生き残る」
「助けようとはした。
だが、結果として
何名かが巻き添えになった――
そう記録すればいい」
無情にも、声色は変わらない。
「それよりも重要なのは、万が一に備えて、王を制圧し、タシトの能力を完全制御下に置く。それが最も確実だ!」
その言葉が落ちた瞬間、室内は沈黙に包まれた。
「……どうやって?」
「王を制圧」
それが何を意味しているのかは、分かっていても誰も言葉にしなかった。
「王には事後報告で十分だ。タシトの危険性を説明すれば納得する」
その言葉に一斉に振り向いた。
「お早い到着ですね。リダルダ様」
そこに立っていたのは、 オルデンコアの重鎮、
――リダルダだった。
その横には、ルイゼン・エメラルド。
ルイゼンを目にした瞬間、
数名の表情がわずかに変わった。
誰ひとり、反論しなかった。
(第九十九章・了)




