Unknown
〈AWBI〉
ガイアスが管理する脳波・特殊能力研究機関。
〈ノクス:グレイン生体再編局〉
スコーラオ率いる再生医療研究機関。
「昨日のうちに“整理”させといて良かったですね」
男の助手が安堵したように胸を撫で下ろした。
「エルナスのことだから、近いうちに来るとは思ってたけど……早かったよね。本当に真面目だよ」
スコーラオはそう言うと、ルシエル因子のデータを指先で弾くように確認した。
「研究ログと痕跡は、全部“通常実験扱い”にしてある。まさか昨日の潜入にリングを使ったとは思っていないだろうな」
小さく笑う。
「しかし……セリューには気付かれていない。高能力者の感知網にも引っかからないんだね、この因子」
「それとも……白い影の方に気付いた?」
スコーラオは、何もない空間へ視線を投げた。
「……まさか、付いてきたりはしてないよね」
女助手が、困ったように眉をひそめる。
「……どうされました?」
「いや。何でもないよ」
スコーラオは楽しそうに目を細めた。そして、再びデータへ視線を落とした。
ルシエル因子のデータには、
《Unknown》とだけ記された解析不能領域が存在していた。
「人類の突然変異。環境ストレスによる活性化か?」
AI戦争と人類の歴史を脳裏に描く。
「特殊能力者の発現……宇宙人が関与してたりして」
研究室には、機械音だけが静かに響いていた。
スコーラオは、その発想を自分で鼻で笑った。
◇
「……どこにいった」
ガイオスは、周囲の戸棚や観測機器を、片っ端から開けて探していた。
天井に貼り付いているのでは――。
そんなあり得ない考えまで頭をよぎる。
「ガイアス所長……?」
中核研究者が、恐る恐る声をかけた。
「何でもない」
そう言うと、昨日のセキュリティデータを確認する。
何も写っていなかった。
「落とした?
いや、違う。
私は確かに“ここへ”入れた」
「……まさか、盗まれた?」
「いや、ありえない。あの部屋は、私しか入れない」
沈黙。
次の瞬間。
研究室に、押し潰したようなガイアスの絶叫が響いた。
「……っ、うあああああ!!」
◇
カナタは、自室でエルナスから受け取った本を開いていた。
「AI人格保存理論――」
カナタの視線が止まる。
初めて見るはずの単語なのに、
意味だけは自然に理解できた。
まるで、誰かに教えられていたみたいに。
懐かしい。
そう感じた理由だけが、わからなかった。
「リエルは、旧王朝の王族の子どもの前にも現れた。
まるで、偶然鉢合わせてしまったかのように――」
「執事は日記に記す。あの眼差しはAIのそれではなかったと」
カナタはページをめくる。
「……リエルは、慈悲深い」
なぜか、その一文だけが胸に残った。
そこには挿し絵があった。
「あ……」
カナタの指が、絵の端で止まる。
「ウサギの……キーホルダー」
(第九十八章・了)




