触れ得る感覚
〈アレイシア波動生体研究局/AWBI〉
脳波波動や特殊能力理論を研究する機関。
“ルシエル因子”を管理しているという噂も存在する。
〈ノクス:グレイン生体再編局〉
スコーラオが所属する再生医療研究機関。
“失われた生命の再現”を目的とした研究を行っている。
エレベーターが、低い駆動音を響かせながら地下へ降下していく。
階数表示は存在しない。
無機質な白色灯だけが、狭い箱の内部を照らしていた。
やがて、重い音と共に扉が開く。
冷気が流れ出した。
地下空間には、無数の培養水槽が並んでいる。
淡く発光する液体の中で、幾つもの“部分培養体”が静かに浮かんでいた。
セリューの瞳が、わずかに細まる。
その瞬間、周囲を覆っていたシステムフィールドが解除される。
「これは、部分培養だよ」
スコーラオは、軽い口調で振り返った。
「すでに市場にも出回ってる技術だろ? 私は、その片鱗をさらに研究してるだけ」
「……そうでしたか」
セリューは静かに周囲を見渡す。
「先程の生体反応は、こちらの培養体だったのですね」
「培養液の水槽は、地上2階にもありますよね?」
「……うん。あるよ。見る?」
「はい」
二人は、2階に移動する。
「ここは、普段も使っていますか?」
「……たまにね」
「今の再生医療は、部分培養した組織を移植する方法が主流だけど……」
スコーラオは、水槽へ視線を向ける。
「これは違う。切断面から、そのまま再生させる」
「“リザーズ・テイル”っていう、我々が開発した装置なんだ」
そう言うと実験用のラットの足を切断して水槽に放り込んだ。
「ただ、40%の損失なら確実に再生できる。同じ個体を施術することは今のところ叶わない。期間をもうけるとできるかもだけど、今のところ二年は無理だね」
水槽内で暴れていたラットの切断面から、みるみる足が再生していく。
水槽から取り出す。
「この子はこれでお勤め完了。もう一度すると死ぬ。美味しい餌をあげて」頭を撫でると助手に手渡した。
近くにいた新人の様子の変化に気付いたセリュー。
「君、顔色が悪いね大丈夫?」
「あ、……はい、大丈夫です」
「この子は入ったばかりで、いろいろと緊張してるんだよ、セリュー。 君は現王朝の側近で、しかもリングを全解除している。まさに歩く反物質みたいなものだからね」
スコーラオが、何気なく言葉を挟む。
「……」
新人は、目を伏せていた。
怯えている対象は、セリューではない。
――自分の未来だ。
「そろそろ、おいとまするか。すまなかったね。 今日は、突然の視察にも協力してくれてありがとう」
セリューは、新人へ微笑みかけると、スコーラオへ軽く一礼した。
そのまま立ち去ろうとした時だった。
不意に、セリューの足が止まる。
「……?」
「どうかした?」
スコーラオは、笑みを崩さない。
セリューの瞳が、わずかに細まった。
感じたことのない感覚。
まるで―― “何か”に見られていたような。
新人の背筋は、まだ凍ったままだ。
スコーラオが、不思議そうに首を傾げる。
「……今、一瞬だけ」
「……一瞬だけ?」
「……いえ、気のせいです」
セリューは、ゆっくりと視線を巡らせた。
――それは、“リングを全解除した者”だけが触れ得る感覚だった。
(第九十七章・了)




