予兆
「スコーラオ率いるノクス:グレイン生体再編局からは、特に異常は確認できませんでした」
「……そうか」
エルナスは、静かに資料へ目を落とす。
「……制御を外さないと研究が進まないと言っていたな」
「はい。研究ログ上は通常業務のみです。 ですが――不自然なほど、痕跡が残っていません」
エルナスは小さく息を吐いた。
「……次の護衛を申し出る様子もないか」
「ええ。むしろ、こちらを警戒しているようにも見えました」
「……そうか。引き続き、研究データを提出させてくれ」
「承知しました」
わずかな間。
「それと――アレイシア波動研究局の件ですが、捜査はやや難航しています。後ほど改めてご報告を」
「過去に、タシトとスコーラオが接触した件だな」
エルナスの視線が僅かに曇る。
「あの者達は、次の一手が読めない。……完全制御も、視野に入れる必要があるな」
「はい」
セリューは一礼すると、静かに部屋を後にした。
◇
王宮の白い回廊を、セリューは静かに歩いていた。
その先から、ルイゼンが姿を現す。
「セリュー殿」
爽やかな笑みを浮かべ、軽く会釈した。
「スコーラオ殿の護衛任務はいかがでしたか?」
「ああ」
セリューは、淡々と答える。
「制御を十段階解除した状態で、一度の跳躍で一キロを優に移動していたよ」
その言葉に、ルイゼンの目がわずかに細まる。
「……なるほど。制御された状態でそこまで動けるとは」
ルイゼンの瞳が、わずかに見開かれた。
「必要であれば、私も動きます」
爽やかな笑みだけを残し、
ルイゼンは静かに通り過ぎた。
その足音は、不思議なほど迷いがなかった。
◇
「失礼します」
執務室の扉が開き、 ルイゼンが静かに入室した。
エルナスは、書類から顔を上げる。
「……ルイゼンか」
窓の外では、王都の光が静かに揺れていた。
「例の件ですが、オルデン・コア側でも能力変動者の再確認を進めています」
ルイゼンは淡々と資料を差し出した。
「ただ、変化は能力値だけではありません」
「人格傾向にも異常が見られます。
攻撃性、衝動性、判断力の低下―― 現時点では、明確な共通点までは断定できませんが」
エルナスの視線が、資料へ落ちる。
「……原因は?」
「現段階では不明です」
わずかな沈黙。
「ですが、一部の研究者は、リング制御との関連を疑っています」
「……どうだろうな」
エルナスは、考え込むように額へ手を当てた。
その様子を、 ルイゼンは静かに観察していた。
「……何か?」
視線に気付いたエルナスが顔を上げる。
「いえ。何でもありません」
ルイゼンは、穏やかに微笑んだ。
「引き続き、報告いたします」
「ああ。頼む」
扉が静かに閉まる。
執務室には、再び静寂だけが残った。
エルナスは、机上の資料へ視線を落とす。
能力変動者。
人格異常。
リング制御との関連。
そして――最近続いている、不穏な動き。
偶然にしては、あまりにも重なりすぎていた。
「……何かが、動いているのか」
誰に向けるでもなく、 小さく呟いた。
(第百章・了)




