ルシエル因子
〈アレイシア波動生体研究局/AWBI〉
カナタの父・ガイアスが所長を務める研究機関。
脳波波動や特殊能力理論を研究している。
一部では、“ルシエル因子”を管理しているとも噂されている。
〈ノクス:グレイン生体再編局〉
スコーラオが所属する再生医療研究機関。
“どこまで失われても再現可能か”を目的とした実験を繰り返している。
王宮の謁見室では、
カナタの左薬指に、先ほどまで無かった指輪がはめられていた。
タシトが去った後も、エルナスはしばらく動かなかった。
カナタを目の前にして、言葉が出てこない。
――私は、何を見たかったのだろうか。
彼女は、タシトの婚約者で。
自分は、ただの友人で、王でしかない。
「エルナス?」
「……あ、ああ。すまない」
エルナスは視線を外し、軽く手を上げた。
「少し、席を外すよ」
そう言って、静かに部屋を出る。
執事が無言で一礼し、カナタを部屋へと送り届けた。
「カナタ様……エルナス様がこれを」
カナタが見たがっていた古い本が手渡された。
「あ、……ありがとうございます」
◇
「凄いね~。えらくセキュリティが張られてる」
アレイシア波動生体研究局――AWBI。
高い壁と監視塔に囲まれた巨大施設を、 スコーラオは離れた木の上から眺めていた。
夜風に揺れる大木の幹へ腰掛け、 気楽そうにクッキーをかじる。
「五年前の“あの少年”の襲撃事件からかな」
目を閉じる。
特殊能力レベル十の解放。
脳の裏側で、空間をなぞるように感じ取っていく。
「……見えない区画が多すぎるなぁ」
スコーラオは眉をひそめた。
“存在そのものを隠している部屋”が、複数ある。
そこだけ、空間が切り取られたように感知できなかった。
「強力な結界まで張ってる。高能力者のものだね」
スコーラオは、手首のリングを通信モードへ切り替えた。
「あー助手。監視カメラ切り替えて。熱源処理もお願い、プラス……能力制御リングへの逆アクセスを遮断できる?」
『……生存率保証できませんよ』
リングから流れてきた助手の声。
「大丈夫だって~」
スコーラオは、リングにキスをする。
『……タイムリミットは8分です』
「短いな……見つけられるかな」
◇
「ルシエル因子……特殊能力を発現させる、生体進化の根源因子。本当にこれで、検体率50%を再生できるんでしょうかね」
男は、モニターの前でセキュリティ網を制御する。
「スコーラオ様がただの不法侵入で終わらなければよいですが」女が口を開く。
光る線で記された立体構造物の前で、男と女の動きは止まらない。
「一分経過……」
◇
スコーラオは、因子保管区画と思われる場所に降り立った。
目を開く。
瞳は薄く光った。
戸棚の中。 ケースの内部。
隠されていた物質が、次々と可視化されていく。
ロックのかかった特殊金属でつくられた筐体を発見した。スコーラオは、中のものを触れずに取り出そうとした。
「フィールドか。……無理だな」
スコーラオは筐体を見つめる。
「入れ物ごと持っていくか……いや、多重フィールド切り離しも無理そうだな」
『三分経過しました』
「……これを張ってるのは誰だ?」スコーラオは小さく呟き、そのまま次の部屋へ向かった。
青白く光る円錐形の水槽がいくつも鎮座している。
「何も入ってないな。……培養液では無さそうだ」
システムに手をかざす。目次が現れた。
全てに目を通す。
「ハイブリッド……?認証」コードに触れる。
「認識出来ません」声が流れる。
「にしても……偉く用心深いな」スコーラオは、扉の前に来た。ここも高能力者の結界が張られている。
『五分経過しました』
静まり返った暗がりの空間が広く奥まで続いている。
「何だこれ」
うっすらひと型が白く浮かび上がる。
白い人影は、 向こうへとゆっくり指差した。
『スコーラオ様、結界が再構築され始めました。急いでください』
「わかってるって~」
まるで、 “そこを見ろ”と言うように影は揺らぐ。
部屋の隅には、脱ぎ捨てるように白衣が一着掛けられていた。
「何?」
スコーラオは、白衣のポケットへ手を入れた。
『八分です』
警報が鳴り出す。
ポケットから取り出したのは、 小さな密閉容器。
中で、淡い光が揺れている。
容器側面には、かすれた管理コードが刻まれていた。
《L.C因子》
「……ルシエル因子……なのか?」
スコーラオは、もう一度だけ白い影を探した。
すでに影は無かった。
(第九十四章・了)




