本当のこと
優しい花柄のクロスがかけられたテーブルには、白いクチナシを生けた花瓶が静かに飾られていた。
窓から差し込む木漏れ日が、室内を淡く照らしている。
エルナスとカナタは、そのテーブルを挟んで向かい合って座っていた。
「あの……私とタシト少佐は……」
言いかけた瞬間、 ユウナギの顔が脳裏をよぎった。
――本当に、話して大丈夫なの?
胸の奥が、急にざわつく。
タシト隊長と“嘘の婚約”を交わしたあの日。
ユウナギへ話してもいいのか尋ねた時、 タシトは静かに言った。
『……もし、ユウナギがこの話を外に漏らしたら、 彼は“只では済まない”』
低い声だった。
脅しのようでいて、 どこか本気だった。
ユウナギには言えなかった。
――どういう立場なの?
誰かに狙われているの? でも、ユウナギはそこまで弱くない。
それに―― エルナスなら、守ってくれる気がする。
なのに。
“脅された関係” “嘘の婚約者”
その言葉だけが、 喉の奥に引っかかったまま離れない。
「カナタ?」
エルナスが、不思議そうに覗き込む。
「大丈夫?」
「あ……えっと……」
「私とタシト隊長は、何?」
穏やかな声。
なのに、 急に心臓がうるさくなる。
「え、あの……」
カナタは視線を泳がせた。
「……何を言おうとしてたか、忘れてしまいました」
「……ふふ」
エルナスが、小さく笑った。
そして、一瞬だけ視線を落とす。
「そうだ。一度、タシト少佐をこちらへ招こうか」
「……え?」
「君の保護状況の確認も必要だ。 形式上、顔を合わせておいた方がいいだろう」
そう言いながら、 エルナスはカナタの反応を静かに見ていた。
「よし、決まりだ」
「エルナス様!」
思わず、カナタは敬称で呼んでしまう。
「あ、また“様”って呼んだ」
エルナスは、少し肩をすくめた。
「次に呼んだら…… そうだな、抱き締めるくらいの罰は必要かもしれない」
「えっ」
「タシト少佐の前で」
「……!」
カナタは、目を丸くした。
エルナスは、くすりと笑う。
◇
「どうしたの?カナタちゃんでも思い出してた?」
戻ってきたスコーラオは、いつの間にかソファへ寝転がり、足を組んだまま紅茶を飲んでいた。
「……君には関係ない」
エルナスは、端末へ視線を落とす。
「あれれ、冷たいなぁ」
スコーラオは、楽しそうに身体を起こした。
「もしかして、“婚約者ごっこ”が思ったより気になってる?」
「……」
一瞬だけ、エルナスの手が止まる。
その反応を見て、スコーラオは小さく笑った。
「ねぇ、それより今日の護衛分だけどさ」
急に声色が変わる。
「明日、リング解除してくれない? 実験の都合で少し急ぎなんだよね」
「……わかった」
エルナスの返答は短い。
スコーラオの口元が、 ゆっくりと吊り上がる。
(第九十二章・了)




