言葉の手前
「オッドー中佐? 聞いておられますか?」
「あ、ああ……すまない」
閉ざされた軍会議室。
重苦しい沈黙の中、 ひとりの将校が低く口を開いた。
「我々は、タシト・レヴァントを全力で消す。異論はないな?」
「……了解した」
そう答えながらも、 オッドーの意識は別の場所へ向いていた。
――私が、タシト・レヴァントに消されるのが先か。
ただ、あの男が疑う通り、オルデン・コアは何かを隠している。
そして最近になって現れた、 “存在するはずのない高能力者”。
しかも、数値は安定していない。
普通ではあり得ない。
――どこにいる?
オッドーの脳裏に、 得体の知れない不安が広がっていく。
その高能力者は――
◇
――私は、タシト隊長の婚約者としてここにいる。
なのに……。
「……“タシト少佐”のこと、どう思っているの?」
ふいに、 エルナスの穏やかな表情が脳裏をよぎる。
――嘘の婚約者だと、気づかれてしまっただろうか。
カナタは、 エルナスに本当のことを話してもいいのではないか―― そんな考えが、少しずつ浮かび始めていた。
川原で話した時も、 不思議なくらい自然に言葉が出ていた。
冷静で、優しくて、 人の話を最後まで聞いてくれる。
――自信のない私に、護身術まで教えてくれた。
そんなエルナスなら、 本当のことを話しても、 きっと否定せずに協力してくれる気がした。
カナタは、王宮で用意された部屋を静かに出た。
扉のすぐ近くには、 年配の執事が静かに立っている。
「どうされましたか?」
「あ、あの……エルナスに、お話があって……」
「かしこまりました」
執事は穏やかに一礼すると、 腕のリングへ短く通信を入れた。
「エルナス様は、間もなく来られます」
「あ……ありがとうございます」
カナタは、小さく頭を下げる。
執事の表情は変わらない。 だが、その落ち着いた所作が、 かえって“王宮”という場所を意識させた。
――エルナスは、“王”なんだ。
今さらのように、その事実が胸に落ちる。
わざわざ呼び立ててしまって、 本当に良かったのだろうか。
そんな迷いが、 静かに胸の奥へ広がっていった。
扉の向こうから、足音が近づいてくる。
規則正しく、それでいて急がない足取り。
やがて、静かに扉が開いた。
「待たせたかな、カナタ」
正装を崩したエルナスが、穏やかな表情で部屋へ入ってくる。
「あ……」
カナタは慌てて立ち上がった。
「す、すみません。お忙しいのに……」
「構わないよ」
エルナスは、柔らかく笑う。
「君の方から、私を呼ぶなんて初めてだな」
その言葉に、 カナタの胸が少しだけ詰まった。
――やっぱり、謝ってでも帰ってもらった方がいいかもしれない。そんな弱気が、一瞬よぎる。
だが。
「……話って?」
促す声は、どこまでも穏やかだった。
カナタは、ぎゅっと指先を握る。
「私……」
喉が、うまく動かない。
「エルナスに、伝えなければならない事が……」
その先の言葉が、喉で止まる。
(第九十一章・了)




