遠い視線
オルデン・コア内部。
広く静まり返ったシステムルームでは、 無数の光が淡く明滅していた。
「スコーラオ・ヴァルディスのリング変動ログ、書き換えを開始します」
淡々としたオペレーターの声。 それは本来、日常業務の一つに過ぎないはずだった。
「……重要事項コード確認。リング制御、不定期に十まで解除」
ひとりの男が、思わず顔を上げる。
周囲の視線が、一斉にその端末へ集まる。
「エルナス王が承認したのか?」
「……承認ログは、エルナス王名義です」
――空気が凍る。
誰もすぐには言葉を返せなかった。
やがて、低い声が漏れる。
「……どういうつもりだ。なぜ今、ヴァルディスの制御を緩める」
◇
「行きたいとこある?エルナス」
「え?」
スコーラオなりに、護衛として正装しているようだった。
セリューは、気が気でならない。
「せっかくだし、カナタちゃんも誘って出かけようよ」
「……」
「いけません、エルナス様。危険過ぎます」
「では、セリューもついてくれば?初日だし」
「駄目だ。セリューは休日を命じた通りだ。
カナタまで連れ出すのは、さすがに危険だよ。スコーラオ殿」エルナスが口を開いた。
「本当に真面目だよねエルナスって。
デートさせてあげようと思ったのにな」
「……」
少し頬が赤くなるエルナスは、咳払いした。
「余計な計らいは結構だよ。スコーラオ」
初めて敬称を外した。
窓辺から、そよ風が入る。
エルナスは、端末を操作しながら書類に目を通していた。
セリューはソファーに寝そべり、片肘をついたまま紅茶を飲んでいた。
誰が見ても護衛しているようには見えない。
「退屈だよ。エルナス」
「……話、無かったことにするか?」
「いいや。冗談だよ」
そう言うと、スコーラオは小さく笑った。
「Defenceレベル十でも確認してみるよ」
腕にはめられたリングは、十段階まで解除されていた。
スコーラオは目を閉じた。
クスっと笑う。「ほんと、信用してないなセリューってば。この結界セリューのと干渉してるじゃん~」
王宮内でセリューの気配を感じとる。
「……三百メートル先か。セリューの気配だね」
「ん? カナタちゃん、凄い防御結界の中にいるんだね。 位置情報まで、ずらされてる」十の制御が外れたスコーラオは、楽しそうだった。
「……あれ?」スコーラオの表情が少し変わる。
エルナスは、一瞬スコーラオを見る。そしてまた書類に戻る。
「……何だろう。この気配。強いね。どこかで会った?いや、雰囲気違うな」
「どうした?スコーラオ殿」エルナスは、手を止めた。
「……視線。遠いな。一キロ先か」
「……すぐ戻ってくださいよ」
エルナスは、止めなかった。
そこは、王宮から離れた広いコテージの屋根。
「あれ……気づかれた?」
屋根の上に降り立ったスコーラオは、目を細めた。
気配は、消えていた。
「……逃げられたか」
――だが確かに、“誰か”はそこにいた。
(第八十九章・了)




