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音のない舞踏会

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挿絵(By みてみん)


「お母様! 舞踏会に、こんなに素敵な髪飾りを……」


リリアは、鏡の前で小さく息を呑んだ。

エルナスの母から贈られたそれは、先の王朝時代の意匠を色濃く残す、気品ある装いだった。


「次期女王には、少しでも便宜を払っておかないとね」


そう言って、母は扇を口元に当て、くすりと笑う。


「まぁ……お母様ったら」


冗談めかした言葉に、リリアも笑顔で応じる。

けれど、その胸は高鳴っていた。


――明日の舞踏会で、ようやくエルナスに会える。


忙しさに追われる彼の姿しか、最近は知らない。

それでも、あの人はきっと、変わらず優しく微笑んでくれる。


「その美しさを、しっかりお見せなさい」


母は、そう言いながらも、視線は窓の外――

邸宅の門前に並ぶ、高級車の数々へと向けられていた。


「舞踏会は、人の目が集まる場ですもの」



舞踏会の夜は、いつもより静かだった。


王宮の天井から降り注ぐ光は柔らかく、

磨き上げられた床に、人々の影を淡く映している。

音楽は控えめで、囁き声と衣擦れだけが空気を揺らしていた。


エルナスは、玉座の側に立っていた。

背筋は真っ直ぐ、視線は正面。

誰かを探すようでも、拒むようでもない――

ただ、王として在る姿。


その少し横で、

母の隣に立つリリアが、視線を集めていた。


宝石のきらめき。

計算された微笑み。

差し出される祝辞と、好奇の目。


けれど――


エルナスの視線は、彼女に留まらない。


音楽が切り替わり、ダンスが始まる。


エルナスは、玉座に腰掛けたまま、

しばらく無言でその様子を眺めていた。


「私有地の件ですが」 一人の貴族が、控えめに切り出す。「ぜひ、マザーへの働きかけを」


「……簡単なことではありません」 エルナスの母は、即座に答えなかった。 値踏みするような間が、言葉の代わりになる。


その少し離れた場所で、

リリアは、形式通りに杯を手にし、

求められる名前と笑顔を、順に差し出していた。



宴の雰囲気は悪くなかった。

豪奢な料理と、一流のサービス。


舞踏会は、何事もなく続いていた。

――それは王が、沈黙を保ち続けたがゆえに。


野心と虚飾が静かに混ざり合う、

きらびやかな会場は、やがて後半へと移る。


王が、静かに立ち上がった。


「失礼する。今宵はまだ続く。

引き続き、楽しんでください」


形式ばった挨拶だけを残し、

エルナスは席を離れる。


セリューも、何も言わず後に続いた。


「エルナス様!」

呼びかけは、音にならなかった。


会場はしばし、ざわめいた。


リリアは、息を飲み込み強く言葉を発した。


「ダンスを踊ってくださらないのですか?」


「……」


振り返る。


ゆっくりと、リリアに近づいた。


その手を取る。


リリアの頬は、真っ赤になった。


視線が、逸らせない。

呼吸が、わずかに乱れる。


音が、消えた。


エルナスの動きだけが、

静かに場を支配する。


女性達が羨ましそうに遠目で観ている。


視線が集まる。

その中心に、自分がいる。


高揚した。


顔を近づけるエルナス。


耳元でささやいた。


「え?」


「私は、そなたと婚約はしない」


「それが、答えだ」


そう言うと音楽の終わりに、くるりとリリアを回転させ、手を振りほどいて去って行った。


周りからは、

会話を気付かれることはなかった。


「……どうして?」

唇を噛む。


「私では、足りませんの?」


(第八十二章・了)


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