白の証明
カナタは、エルナスの言葉を思い返していた。
(……カナタ。
君を、タシト少佐のもとへ戻す気にはなれない)
カナタの顔に熱がこもる。
「ど、どういう意味なんだろう……」
熱くなった頬を、両手で押さえる。
婚約者である事を知った上での言葉。
そう考えるほど、混乱した。
「いや、そんなはずない」
惑星の王が、 ただのランニング仲間だった自分に――
「……次、合わせる顔ないよ」
深いため息が漏れた。
◇
誰もいない空間で、タシトは手をかざした。
「……消えていない」
座標が――“ずらされている”。
「……まだ継続している」
王宮周辺に展開された、座標撹乱フィールド。
カナタの気配は掴めない。
だが――その干渉は、まだ維持されていた。
タシトは、端末から軍のファイルを開いた。
オルデン・コアにつながる、三人の上層。
視線が止まる。
「……変わっている」
そして――その場から消えた。
「……私を狙ったのは、お前だそうだな?」
灯りの落ちた廊下で、
男の背後に影が差した。
――気配は、ない。
ただ――
背中に、人差し指が触れている。
「タ、タシト・レヴァント!」
「……」
「……な、何のことかわからない」
「嘘が下手だな」
指先が、わずかに熱を帯びた。
「今ここで消すこともできる。
お前の家族ごとな」
「……っ!」
「だが――やめておく」
沈黙。
「ひとつ、仕事をやる」
「……え?」
「オルデン・コアに戻れ」
「な……」
「何もするな。何も変えるな。
ただ“見てこい”」
「……」
「お前が見たものを、そのまま持ってこい。
一つでも隠せば――次はない」
◇
「あなた、大丈夫?」
「……ああ」
男は、料理に手をつけなかった。
「ああ、悪い。仕事を思い出した」
席を立つ。
玄関へ向かう途中、
部活帰りの息子とすれ違った。
「お父さん、どこ行くの?」
「……少しな。すぐ戻る」
「無理しないでね」
その声に、足が止まりかける。
振り返らない。
――脅された。
あの男に。
背中に触れられた感覚が、まだ消えない。
息子と同じくらいの年齢の青年。
だが、中身はまるで違う。
(……普通でよかったはずだ)
特殊能力もない。
ただ真面目に働いてきただけだ。
それでも、ここまで来た。
――オルデン・コア(特殊能力値特定センター)
惑星全体の能力者データを管理する本部。
(何もない。そうだ、何もないはずだ)
タシト・レヴァント。
あれは、人間じゃない。
グロジアを無傷で消し去った男。
「……家族を守る」
小さく、呟く。
扉に手をかける。
「……オルデン・コアは、何も隠していない」
言い聞かせるように。
「全部、見せてやるよ――タシト・レヴァント」
(第八十章・了)




