青の蝶
タシトは、ユウナギ、ソード、シャド、ルアナにヴェール・ガンを構えさせていた。
「ユウナギ、それではだめだ」
「ユウナギ、判断が遅れている」
「――見えていないのか」
「隊長、ユウナギに厳しくない?」
「恋敵だからじゃね?」
「……それ、最悪だろ」背後で、生徒たちが小声を交わす。
「よくある、出来るやつイビりじゃね?」
「しゃべりに来ているなら出ていけ」プラス先生が後ろから近付き注意した。
「見本を見せる。一回だけだ」
タシトがそう言うと、プラス先生にホログラムを最大難易度に上げるよう告げた。
敵か味方か判別できない影が出てくる。
スピードはいつもの3倍にも達していた。
タシトは、即座に構え、撃ち落とす。
時間が、わずかに遅れたように見えた。
無駄が、なかった。
次の瞬間、すべては終わっていた。
訓練施設は、愕然としていた。
「へ、へぇ~。……やるじゃん」
ソードは苦笑した。
――だが、その目は隠せていない。
「やば」「やっぱ少佐だし違うな、すげー」「かっけー」さっきまでの軽口は、消えていた。
そんな圧倒的なタシトを見る度に、
ユウナギの心は深く沈む。
――越えられない壁。
カナタが、遠ざかる。
「集中しろ、ユウナギ。油断が命取りだ!」タシトは、ユウナギの腕を――掴んだ。
いつものタシト隊長。なのになぜか少しだけ熱が入っているように感じる。
「……俺じゃなくて、他を見てください」ユウナギは、思わず申し出た。
ユウナギは、タシトに教えを請うことに、もう耐えられなかった。
「……やめだ。今日はここまでだ。あとはプラス先生、頼みます」
「え?」プラス先生は目を丸くする。
意外だった。
普段なら、何があっても途中でやめることはない。
――一瞬だけ。
視線が、どこでもない点で止まっていた。
◇
カナタは、白くて丸いテーブルで本を読んでいた。エルナスは、そっと近付きカナタの前に立った。
「カナタ、今日は君と一緒に食事がしたい」
「え?」カナタは、本を閉じて見上げた。
「君も退屈してるだろう?
私で良ければ、話相手になるよ」いつかのエルナスの控えめな口調。
「……はい。退屈はしてませんが、
また一緒にいつかのランニング話をしたいです」カナタも微笑んだ。
庭の丸テーブルに料理が運ばれる。
近くの木々に、小鳥のさえずり。
「何だか、物語のお姫様みたいですね」
カナタは微笑み、前菜に口をつける。
「すごく似合ってるよ。
私も普段は、ここで食事はしないけれど、君がとても心地良さそうだから――今日は、外で食事したい気分になった」楽しそうなエルナス。
「私は、エルナス様に護身術を教えて頂いた、
あの時のお礼が何も出来ないままで……」
「固いことはなし。言っただろ?エルナスでいいって」
「あ、はい。エルナス……」
呼び方だけが、少しだけぎこちない。
エルナスは、優しく微笑んだ。
「後で、君に見せたいものがある」
わずかに間を置いた。
コロニーの向こう、ソレイユの光が傾く。
そこは、巨大な温室。
扉が開く。
青が、ほどけた。
群れをなした蝶が、温室から流れ出る。
暮れゆく光が、その羽を黄金に変えた。
「これは――」
「昔、教えてもらった。惑星アストレアで。
長旅をする青い蝶だ。群れは空に連なって――銀河みたいに見える。
観た者に、幸運を運ぶらしい」
「……」
美しい、と感じた。
理由は、わからない。
――なぜか、涙がこぼれた。
「絶滅危惧種だ。
……コロニーに適応するなんて、都合がいい。
――君に見せるために、増えたのかもしれない」
――その時。
塔の鐘が、十八時を告げた。
「え? ごめんなさい。よく聞こえなかった」
エルナスは、すぐには答えなかった。
青い蝶が、二人の間を横切っていく。
そして――
「……カナタ。 君を、タシト少佐のもとへ戻す気にはなれない」
(第七十九章・了)




