弱点
見えていないだけで、
すでに動いているものがある。
それは、誰の目にも触れないまま
確実に形を変えていく。
「何かを隠しているのか?」
ルイゼンの口調が、わずかに変わる。
音が、止まった。
「タシト隊長……」
ユウナギは、突然現れたその姿に言葉を失う。
「……あいつがいると、調子が狂う」
短い一言だった。
ユウナギは何も返せなかった。
否定も、肯定もできない。
その沈黙だけが、場に残る。
ルイゼンは、それを見ていた。
――なるほど。
わずかに目を細める。
「わかりました」
「え?」ユウナギが顔を上げる。
「私の視察は、今日で終わりです」
一拍、間を置く。
「――次にお会いする時を、楽しみにしています」
そう言って、手を差し出した。
――一瞬、誰に向けられたものか分からなかった。
「……え?」
ユウナギが戸惑う。
自分に向けられていると気づき、わずかに遅れて手を取った。
その様子を、タシトは無言で見ていた。
「……戻れ」
短く、それだけだった。
ユウナギは、反射的に頷く。
ルイゼンは手を離し、背を向ける。
「では、失礼します」
その声は、終始変わらず穏やかだった。
*
どれくらい時間が経ったのだろう。
窓辺には、朝日が差し込んでいた。
エルナスは、軍の書類に目を落とし――
そのまま、拒否権を明記した。
「タシトは優秀な教官だ。
リングは制御しない。代わりに、
――予定を前倒しにしろ」
「……以上だ」
セリューは、一瞬で意図を理解したように目を伏せ――深く頷いた。
*
カーテンの隙間から、軍用機が離着陸する影が見えていた。
外光を遮るように設計された会議室に、重苦しい沈黙が落ちていた。
「――王が、サインしなかっただと?」
低く、苛立ちを噛み殺した声が響く。
「拒否権を、明記しています」
報告役の男は、感情を挟まずに告げた。
「……想定外だな」
別の声が、机を指で叩く。
「では――」
一拍、意図的な間。
「結論を言え。――消せるのか?」
「……現状では、わかりません」
「“わからない”だと?」
わずかなざわめき。
「彼は、戦場から姿を消し、
次の瞬間には背後にいる」
報告は続く。
「追跡は成立せず、拘束も不可能です」
報告役は、淡々と続けた。
「――迎撃の前提そのものが、 すでに破綻しています」
空気が、凍りついた。
「……不可能、ということか」
「はい」
即答だった。
首筋を擦る者もいた。
「立場が逆なら、タシトに目をつけられた時点で終わりだ。痕跡すら残らない」
別の男が低く言った。
「本来なら、瞬間移動は“レベル十”だ。
王の許可がなければ、到達できない領域のはずだ」
一拍、間を置く。
「……レベル八の解除段階で、すでに“実用域”にある。それが事実なら、脅威どころではない」
沈黙。
「オルデン・コアの連中がうるさいのがわかる」
「……タシト程度の特殊能力者は、何人いる?」
「スコーラオ・ヴァルディスを始め、4名。しかし全てレベルの外にいます。順位はわかりません」
誰かが、吐き捨てるように言った。
「排除は、必須だな」
「王を拘束するか?」
「それこそ、クーデターものだ。王の側近には、セリューとルイゼンが控えている。
承諾するものがいるのか?護衛網を突破する現実的手段はない」
「それに――」
声を落とす。
「失敗すれば、軍の派閥ごと首が飛ぶ」
苛立ちが、机を叩く音に変わる。
「ミシーダ・ドルリオン派閥も、
衛星メアでの襲撃は返り討ちに遭っています……」
「わかっている!」
怒声が遮った。
しかし―― 誰も、決断できなかった。
(第七十四章・了)
その均衡は、まだ崩れていない。
だが――
どちらが先に踏み込むかで、すべては変わる。




