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崩れていないもの

訓練室に響いたのは、 タシトの静かな声だった。


「乱れた呼吸は、死に直結する」


二十二名は、タシトの前に整列していた。


「今から、実戦用の呼吸法を教える」


タシトの視線が、 こちらをかすめた気がした。


(……まただ)


胸の奥が、わずかにざわつく。


少し離れた場所から、 ルイゼンの視線が刺さる。

振り向かなくても分かった。


――見られている。


遅れて入ってきたプラス先生が、 ルイゼンの隣に並んだ。


その間も、 タシトは淡々と呼吸法を教え続けている。


「……タシト少佐は、このクラスの教官を自ら志願されたそうですね」ルイゼンが一言。


「そうみたいですね。こんなに優秀な方が、自ら講師になって手取り足取りと、とても丁寧な指導で感心します」プラス先生は、ルイゼンの表情を見る。


「……」ルイゼンは、黙っていた。


カナタは、今日は妙にタシト隊長と目が合う気がしていた。


いつもは、指導に集中していて、こちらを見ることなどほとんどないのに。


またタシトの視線が、わずかに止まる。


――一瞬だけ、意図を持って。


言葉にはならない“何か”が、確かにあった。


――ドキリ――


思わず下を向く。


「……」


その様子を、ルイゼンは静かに見ていた。


「――なるほど」


小さく、そう呟く。


「何か分かりましたか?」プラス先生が聞く。


「いえ」


わずかに微笑む。


「少し、安心しました」


観察は、終わったようだった。


――少なくとも、表面上は崩れていない。




更衣室で汗を拭うカナタとヨガサ。


「カナタさん、わたし占い師目指すのやめようかと思ってるんです」


「どうしたんですか?急に」


「……最近、全く見えないんです。上官がたを目の前にしたら、頭が混乱するんです」


「……そうなんですね。

目指すものがあった、その感覚だけでも私には羨ましいです」


カナタなりの励ましだった。

だが、その言葉は思いのほか、 ヨガサの胸に残った。



三日間の強化合宿、最終日。


カナタは、 ルイゼンの姿を見つけた。

タシトはまだ来ていない。


ルイゼンは、どこか違う方向を見ていた。

視線の先には、ユウナギ。


「ユウナギくん、ちょっと」


ルイゼンは、ユウナギを施設の外へ連れ出した。


「君って、カナタさんの幼なじみだけど、それだけ?」


静かに、話を切り出す。


「……それだけ、とは?」


一瞬、言葉に詰まると――ユウナギは、みるみる内に顔が赤くなっていく。


続いて質問をした。


「タシト少佐は――普段から彼女をよく“気にしている”?」


その時だった――


「私の生徒に、勝手な事はしないでもらおう」


タシトが現れた。


――早い。


ルイゼンは、わずかに目を細めた。


(……反応が早すぎる)


ただ通りかかったようには見えなかった。


ルイゼンは、静かに理解する。


――タシトが見ていたのは、 ユウナギではなかった。



(第七十三章・了)


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