崩れていないもの
訓練室に響いたのは、 タシトの静かな声だった。
「乱れた呼吸は、死に直結する」
二十二名は、タシトの前に整列していた。
「今から、実戦用の呼吸法を教える」
タシトの視線が、 こちらをかすめた気がした。
(……まただ)
胸の奥が、わずかにざわつく。
少し離れた場所から、 ルイゼンの視線が刺さる。
振り向かなくても分かった。
――見られている。
遅れて入ってきたプラス先生が、 ルイゼンの隣に並んだ。
その間も、 タシトは淡々と呼吸法を教え続けている。
「……タシト少佐は、このクラスの教官を自ら志願されたそうですね」ルイゼンが一言。
「そうみたいですね。こんなに優秀な方が、自ら講師になって手取り足取りと、とても丁寧な指導で感心します」プラス先生は、ルイゼンの表情を見る。
「……」ルイゼンは、黙っていた。
カナタは、今日は妙にタシト隊長と目が合う気がしていた。
いつもは、指導に集中していて、こちらを見ることなどほとんどないのに。
またタシトの視線が、わずかに止まる。
――一瞬だけ、意図を持って。
言葉にはならない“何か”が、確かにあった。
――ドキリ――
思わず下を向く。
「……」
その様子を、ルイゼンは静かに見ていた。
「――なるほど」
小さく、そう呟く。
「何か分かりましたか?」プラス先生が聞く。
「いえ」
わずかに微笑む。
「少し、安心しました」
観察は、終わったようだった。
――少なくとも、表面上は崩れていない。
更衣室で汗を拭うカナタとヨガサ。
「カナタさん、わたし占い師目指すのやめようかと思ってるんです」
「どうしたんですか?急に」
「……最近、全く見えないんです。上官がたを目の前にしたら、頭が混乱するんです」
「……そうなんですね。
目指すものがあった、その感覚だけでも私には羨ましいです」
カナタなりの励ましだった。
だが、その言葉は思いのほか、 ヨガサの胸に残った。
◇
三日間の強化合宿、最終日。
カナタは、 ルイゼンの姿を見つけた。
タシトはまだ来ていない。
ルイゼンは、どこか違う方向を見ていた。
視線の先には、ユウナギ。
「ユウナギくん、ちょっと」
ルイゼンは、ユウナギを施設の外へ連れ出した。
「君って、カナタさんの幼なじみだけど、それだけ?」
静かに、話を切り出す。
「……それだけ、とは?」
一瞬、言葉に詰まると――ユウナギは、みるみる内に顔が赤くなっていく。
続いて質問をした。
「タシト少佐は――普段から彼女をよく“気にしている”?」
その時だった――
「私の生徒に、勝手な事はしないでもらおう」
タシトが現れた。
――早い。
ルイゼンは、わずかに目を細めた。
(……反応が早すぎる)
ただ通りかかったようには見えなかった。
ルイゼンは、静かに理解する。
――タシトが見ていたのは、 ユウナギではなかった。
(第七十三章・了)




