視線の中で
「ここが、別館B棟か」
「想像以上だな」
「広すぎだろ……」
口々に声が飛び交う。
専用機から惑星アストレアへ降り立った特殊部隊生三十名は、 潮風を感じながら施設へ向かっていた。
コロニーとは違う、 生身の海の匂い。
巨大な訓練施設は、 海沿いに要塞のように建っている。
その時――
上階のガラス越しに、 ひとつの影が動いた。
「……予定通りか」
感情のない声。
端末には、 整列する生徒達の情報が並んでいた。
◇
ユウナギは、 ここへ来るのは二度目だった。
「ここなら、ヴェール・ガン照準〈5〉でもいけるんじゃね?」
ソードが肩に担いだヴェール・ガンを軽く鳴らす。
「どうだろな。建物ごと吹き飛ばすんじゃなかったっけ?」 バーチが首を傾げた。
「到着して早々なんだが、先生は海で泳ぎたい!」
「……は?」
生徒達が、一斉にプラス先生を見る。
「惑星アストレアだぞ!コロニーにはなかった大海だ!」
プラス先生は、目を閉じて大いに潮風を吸う。
「……悪くねえな」ソードは、乗り気だった。
「というか、これも訓練の一環だ! そもそもお前ら泳げるのか?」
プラス先生の表情が、 急に真剣なものへ変わった。
「結局それかよ!」
一行は、中央施設のエントランスに荷物を置くと、近くの浜辺まで行ってはしゃいだ。
特殊スーツは、水も弾いた。
恒星ソレイユの光が、 少しずつ高くなっていく。
「先生!いつになったら泳ぎ方教えてくれるですか?」
ミルルは、浅瀬ではしゃぐプラス先生めがけて叫んだ。
ミラは、クスッと笑う。
「……穏やか過ぎる訓練ね」
遠くの建物のガラスに、わずかな反射が走る。
誰かが、こちらを見ている――そんな気がした。
カナタは、ふと足を止めた。
「どうした?」ユウナギが気にするように聞いてきた。
「あ、いや……誰かに見られてる気がして」
ユウナギとこうして話すのは、 あの日以来だった。
ユウナギは、建物の方をみた。
「……確かに誰かに見られてもおかしくない状況だけどな」
ユウナギは、カナタを安心させるように微笑んだ。
「さ、お遊びはここまでだ!館に戻るぞ!」
「教えてくれねーのかよ」バーチが突っ込む。
「今後、長期滞在していくだろうから、次の機会だ」プラス先生は、そういうと皆を呼び寄せ、再び施設に戻った。
カナタは、まだどこか落ち着かなかった。
――さっきの視線が、消えていない気がした。
そこは、重厚な戦闘訓練に特化した場所。
ユウナギ、ミルル、バーチ、ソード、シャド、ミラを含む八人は、射撃場にいた。
それ以外の生徒は先に昼食を取らせている。
プラス先生は、室内の奥を指差す。
「これから、三十メートル先に敵を出す」
「その立体ホログラムを高速で移動させる」
力強く区切られた指示。
「攻撃側は、照準〈1〉を選択。確実に仕留めろ」
ユウナギが一歩前に出て、照準を合わせる。 ソードも、遅れて呼吸を整えた。
「ミルル、バーチ、他、防御担当は前方サイドに配置」 「守るべき対象物が紛れて出てくる。瞬時にシールドを部分展開しろ」
攻撃側の四人が位置につく。
標的が現れた。
ユウナギは、即座に引き金を引く。
ぶれることなく命中する。ソードも負けていない。
「ほお!」プラス先生の感嘆の声が小さく響いた。
次々と標的が現れ、
音も光もないまま、次々に倒れていく。
シャドの出る幕が無かった。
「あのさ、もう少し残しといてくれない?」ソードがため息をつく。
「では、標的を2倍にする。守るべき対象物はいつ出てくるかわからないから、気を弛めるな!」
プラス先生は、ホログラムの端末を操作した。
守るべき対象物が突然現れた。
シャドは、誤って撃ってしまった。
「あ」シャドは、苦笑い。
「……今のは、本番なら“一般人を撃った”という判断になる」
プラス先生の声は、低かった。 怒鳴るでもなく、淡々としている。
「シャド。焦った理由を言え」
「……守る対象が急に出てきて判断が遅れました」
「違う」
即答だった。
「判断が“遅れた”んじゃない。
判断を飛ばした」
シャドは、言葉を失う。
「撃つことが最優先になった瞬間、お前の中から“守る”という選択肢が消えた」
視線が、防御側に移る。
「ミラ、ミルル、バーチ、サイド」
四人の背筋が伸びる。
「今の対象、視認してからシールド展開まで――一拍、空いたな」
ミルルは唇を噛み、ミラは目を伏せた。
「立っているだけでは、防御ではない」
「攻撃が走る“前”に張れなければ、意味がない」
「守ることに、積極的に挑む姿勢だ!」
射撃場に、静寂が落ちる。
「――もう一度やる」
プラス先生は、ホログラムのボタンを押し直した。
「次は、攻撃の正確さより、選択の正しさを見る」
その一言で、 この訓練の本質が、全員に伝わった。
(第七十一章・了)




